119人が本棚に入れています
本棚に追加
『鼈甲はね、黄色いところと茶色いところが普通あるんだけどね、この黄色いところが多いほど、良いものなんですよ。』
かつて、おばあちゃんはこう説明していた。今、手元にある鼈甲の櫛は、殆ど黄色だ。
あたしも、七五三でこの櫛をさした。
おばあちゃんも特別な日は、この櫛をさして、着物を着て出掛けていた。
『おばあちゃん!
ゆいっ、その櫛がほしい!!』
『ゆいが大人になったらゆいにあげようね。
大切にしてあげてね。』
小さい頃の、約束。
果たされることは、なかった。いや、果たすことは不可能だった。
だって、おばあちゃんは、ボケが進んで、あたしのことを、忘れてたから。
おばあちゃんは死ぬ1週間前、もう長くはないでしょうということで、入院先の病院から、外泊の許可が降りた。
そして、2日だけうちに戻ってきたおばあちゃん。
そのとき、ちょうど父さんも母さんもいないタイミングがあって、あたしはそのタイミングでおばあちゃんのところに行ったんだ。
だって、そのまま、会えなくなるのは嫌だったから。
「おばあちゃんっ、」
ゆっくりとふすまを開いて、声をかけると、おばあちゃんは、あたしを見てふわりと笑った。
そして。
「あなた、だあれ?」
私の目を見て、こう言った。
目の前が、真っ暗になった。
あたしのことは、覚えてるだろうと、思ってたのに。
最初のコメントを投稿しよう!