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『鼈甲はね、黄色いところと茶色いところが普通あるんだけどね、この黄色いところが多いほど、良いものなんですよ。』 かつて、おばあちゃんはこう説明していた。今、手元にある鼈甲の櫛は、殆ど黄色だ。 あたしも、七五三でこの櫛をさした。 おばあちゃんも特別な日は、この櫛をさして、着物を着て出掛けていた。 『おばあちゃん! ゆいっ、その櫛がほしい!!』 『ゆいが大人になったらゆいにあげようね。 大切にしてあげてね。』 小さい頃の、約束。 果たされることは、なかった。いや、果たすことは不可能だった。 だって、おばあちゃんは、ボケが進んで、あたしのことを、忘れてたから。 おばあちゃんは死ぬ1週間前、もう長くはないでしょうということで、入院先の病院から、外泊の許可が降りた。 そして、2日だけうちに戻ってきたおばあちゃん。 そのとき、ちょうど父さんも母さんもいないタイミングがあって、あたしはそのタイミングでおばあちゃんのところに行ったんだ。 だって、そのまま、会えなくなるのは嫌だったから。 「おばあちゃんっ、」 ゆっくりとふすまを開いて、声をかけると、おばあちゃんは、あたしを見てふわりと笑った。 そして。 「あなた、だあれ?」 私の目を見て、こう言った。 目の前が、真っ暗になった。 あたしのことは、覚えてるだろうと、思ってたのに。
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