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カラカラカラ、と玄関の引き戸が開かれる音がして、そのあと、ピシャン!と閉められた。
そして、静まる家。
…どうやら、出ていった、みたい。
「はっ…」
なんだか、やっとまともに息をすることが出来た。
いとこの家の会話を聞いている間、なぜだか、普通に呼吸をしているはずなのに、酸素が、体に入ってこなかった。
喉が、気管が、ひきつった。
あたしはソロリソロリとトイレから出ると、音を立てないように居間の方に行った。
『お通夜の式場に行ってきます。もしよかったら、ゆいちゃんも来てね。
格好は制服で大丈夫だよ。場所は…』
テーブルの上には、手紙と式場までのタクシー代とおぼしきお金が。
あたしは、それを冷たい目で見下ろす。
いってなんか、やらない。
やるもんか。
その足で、フラリフラリと、引き寄せられるようにあたしは祖母の部屋に向かった。
****
祖母の部屋は、祖母の生前のままだった。匂いも、なにもかも。
窓から見える、満開の桜も。
たくさんの古い本に、裁縫道具、ミシン、古い鏡台に、着物が仕舞われた、年季のこもった桐の箪笥。
おばあちゃんは、ものを大切にする人だったから、全部ものは古いけど、丁寧に手入れが行き届いてる。
小さいときは、この部屋によく遊びにいったけど、中学2年になったぐらいから、この部屋には、全然いかなくなった。
おばあちゃんは、あたしが不登校になってから、何をしていたのだろう。
ふと、おばあちゃんの文机に小さな桐の箱がおいてあるのが、目にはいった。
なぜだか、無性に開けたくなって、箱を開くと、そこには鼈甲の櫛が仕舞われていた。
桜の花の彫りが入った、鼈甲の櫛。
おばあちゃんが、ずっと大切にしてたもので、かなり高額なものだと聞いた。
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