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親も兄弟もいないカイは、誰かに抱きしめられた経験も少なく、こんなに他人と肌を触れ合わせたことなどない。
急にドキドキとしてカイも照れてしまい、二人の間にしばらく沈黙が流れた。
「八百年前、ムージヌスっていう武人が、人々を率いていた。ムージヌスは聡明で、優しく、強かった」
気まずさが漂っていた空気に、オリヌスの声が落ちた。昔話を話すような、穏やかな声だった。
「彼は人々を守るために武術を磨き、教えを請う者の師範となった。武人が多くなるにつれて、守ってもらおうと人が増え続け、一つの国になった。ムージヌスは王となり、国には彼の名がついた。その時からずっと、武人が多い国なんだ」
オリヌスがカイを抱きしめ直す。鍛え抜かれた体が背中に触れた。日々の鍛錬や、努力が伝わってくる。
環境が違うのはわかっているが、何も努力していない自分の体が恥ずかしくなった。
「王都は人が多くて騒がしいが、人々は皆親切だし、他の都市は落ち着いていて、のんびりとした雰囲気だ。雄大な自然は厳しいが、見るぶんには美しく、毎日見ても飽きない。俺は、そんなムージヌス王国が大好きだ。いつかカイに、いろんな場所を案内したい」
「……私も、オリヌス様が好きな景色を、見てみたいです」
オリヌスが吐息をこぼすように笑った。
「約束だ。いつか、俺の国に遊びに来てくれ」
「はい」
オリヌスが嬉しそうで、自然とカイの顔もほころぶ。
お互いの声と、雨音だけが響く洞窟で、二人きりの夜が深まっていった。
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