火曜日

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火曜日

 私は学校の終礼が終わると足早に教室を出た。教室前の廊下は楽しそうに別クラスの仲間と駄弁っている生徒たちが大勢いて、何度かぶつかりそうになる。  向かう先は、学生達で賑わう駅やショッピングモールとは真逆の方向、住宅街のはずれにある静かな河川敷。私は嫌なことがあるとよくそこへ行く。流れる川をただ眺めているだけでその日あった嫌なことを全部流してくれるお気に入りの場所だ。  ああ、また今日もダメだったなあ。  朝の出来事を思い出し、思わずため息をつく。ここのところ、ほとんど毎日ため息をついている気がする。  生徒たちの話し声と笑い声が混ざった音が響く階段を降り、昇降口に向かっている途中、背後から自分の名前を呼ぶ声がした。外で駆け回る小さな子供みたいに元気でよく響く声。  振り向いた先に見えたのは大きく手を振る私より背の低いショートカットの女の子と、反対に背が高くてプリントの山を持ったポニーテールの女の子二人。 「あ、美菜と琴音ちゃん」  私は疲れた顔を見せないよう、笑顔を作り控えめに手を振りかえす。それを見たショートカットの子——琴音ちゃんは嬉しそうに笑い、こっちに向かって走ってくる。 「紗季ちゃん!」  スピードを落とすことなく琴音ちゃんは小さな体で私に勢いよく抱きついてきた。思った以上の衝撃で倒れそうになるも、何とか体勢を整える。 「ねえねえ、今日行きたいところがあるんだけどー紗季ちゃんも行こうよ!」  琴音ちゃんは手を放し、大きくかわいい目で私を見つめて無邪気に笑う。 「前食べたあのアイスの新作が今日出て、琴音が食べたいらしくて。これを提出したら行くつもりなんだけれど、南雲さんも来る?」  後から美菜が歩いて追いついてきた。美菜の持っているプリントの山は今日の終礼の時に集めた数学の宿題のプリントだった。これから先生に提出しに行くのだろうか。 「うーん、でも今日は用事があって……」 「えー残念。なになに、どんな用事なの?」 本当は特に用事があるわけではないけれど。でも今日は河川敷に行きたい気分だから。 そんな本音を隠して、「ほんとにごめん!」と言ったあと、すぐさま反転し逃げるように昇降口に向かう。  慌てて転びそうになりながらも靴を履き替え、私は学校から出た。
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