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人里離れた森の奥に、一人立ちしたばかりの魔女が住んでいた。
まだ若く少女のような見た目の彼女は、立派な魔女になるため日々勉強をしながら暮らしていた。
そんな魔女の住む家に、ある日ノックの音が響いた。
こんな森の奥にいったい誰が?
そう思いながら扉を開けると、そこには汚れた姿の男の子が立っていた。
「きみ、こんなところでどうしたの?」
魔女がそう訊ねると、男の子は泣きそうになりながら言った。
「おなかすいた」
魔女は男の子を家に入れてご飯を食べさせてあげた。
話しを聞くと男の子は森の中で親に捨てられ、何日もさまよったあげくこの家にたどり着いたとのこと。
「かわいそうに」と魔女は言った。「なんならここで暮らす?」
「いいの?」男の子は目を輝かせて訊ねた。
「もちろん」
しかしこのとき、魔女はある計画を立てていた。
子どもを太らせて食べてしまおう。
立派な魔女になるには、そのくらいの残忍さが必要だった。
ふたり暮らしを始めた魔女は、男の子にたくさん食事を与えた。
育ち盛りの男の子はもりもりと食べ、あっという間に大きくなった。
気がつくと男の子は、筋骨隆々のイケメンになっていた。
ぜんぜん太っていない。
こんなはずでは……、と魔女はうろたえた。
じつは男の子はタダで住まわせてもらうわけにはいかないと、木を切ったり家を修繕したり狩りに出たりと、力仕事を一手に引き受けていた。そのおかげで魔女の与える食事は脂肪ではなく筋肉へと変換されたのである。今まで足りていなかった栄養が補給されたおかげか急に背も伸びて、いまや魔女よりも高くなっていた。
このままでは計画が……。
そう思った魔女は少年に言った。
「最近働き過ぎじゃない? わたしも力仕事するからさ、もっと家でごろごろしなさいよ」
しかし少年は答えた。
「そういうわけにはいかないよ。ただでさえ姉さんには感謝しているのに、姉さんを働かせて家で休んでいるなんてできない。それに……」
すると少年は、いきなり魔女の手を取って微笑んだ。
「ほら、手だってこんなに小さい。姉さんは女の子なんだから、力仕事はぼくに任せて」
その瞬間、魔女の心臓はきゅんとなった。
修行のため男と接することなく生きてきた彼女にとって、少年のそのふるまいは恋に落ちるのに充分だった。
結局少年を食べられず、残忍になれなかった彼女は、いつまで経っても魔女としては半人前だったという。
けれど、もう半分は彼がいてくれたからそれでよかった。
知恵のいる仕事は魔女が、力のいる仕事は彼が、そうしてふたりは仲良く暮らした。
魔女の恋が実ったかどうかは、また別の話しである。
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