三品目 # チーズ煮

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三品目 # チーズ煮

突然ですが、私の両親は離婚しています。当時4歳だった私と1歳の弟は父の方に引き取られ、父方の祖母と一緒に住んでいた。 子供って不思議なもので、親のことを良く見ているし、それを案外覚えているもの。 母がコンポでMDを聴きながら洗濯物を畳んでいたこと。駐車場に止まるエンジン音で父の帰宅を把握していたこと。父が嫌いなものをよけていたこと。母に怒られたこと。父と母が喧嘩をしていたこと。全部、覚えてる。 そんな中で、やっぱり温かいのはご飯の記憶。ピーマンが嫌いだったあの頃、唯一それを食べられた料理は青椒肉絲(チンジャオロース)だった。 好き嫌いをする子供だったからこそ、あれこれと母を困らせた私。だからなのか、母の料理の味を、未だに覚えている。……気がする。 正確に味は覚えていない。だけど、出された料理のこと。その時の想い。美味しかったという思い出。それら全てで覚えている。 それがたとえ「混ぜるだけ、簡単」などの箱を使っていても。 何故、こんな前置きをしたかというと、たまに、ふと母の作ってくれた料理を食べたくなることがあるのだ。 母の料理の中で、私の1番のお気に入りは「チーズ煮」と呼んでいるスープ。 玉ねぎとジャガイモとベーコンをコンソメスープで煮込んである。具を優しく包んでいるのはトロトロに溶けたチーズ。 ベーコンの旨味が溶け出たコンソメスープだけでも美味しいのに、ホクホクのジャガイモと甘くなった玉ねぎも入っている。これだけだと、ただのコンソメスープとしてありがちなのだが、そこにトロトロのチーズが浮かんでいるのだ。 一度食べるとやみつきになり、お代わりが止まらない。行儀が悪いと思われるかもしれないが、このスープにご飯を入れるとまた旨い。 ドリアとは違う、雑炊ともまた違う、なんとも言えない美味しさ。チーズとご飯が絡み合って、ベーコンの旨味と一緒に口の中へとやってくる。 白コショウの香りがほんのり鼻の中を抜けて、胃の中に温かいものが静かに落ちる。至福のひとときとはさまにあのこと。 思い出しただけでヨダレが止まらない。「よしっ」と気合を入れると、私は久しぶりにチーズ煮を作ることにした。 材料は家に揃っていたので、そのまま調理を始めた。うろ覚えのレシピで、手探りで作っていく。 なんとかそれっぽいものが完成した。ご飯が炊ける前に一杯お椀に注いで食べる。 「んふっ」 自分でも気持ち悪いと思うほど間抜けな声が漏れる。想像の味には届かなかったが、それはお母さんの愛情だろうと完結させる。 少しして帰ってきた父が「なんか良い匂いがする…」とつられて台所に顔を出した。 「仕方ないなぁ」とお椀に少し注いで渡す。モノを見た瞬間、驚いたようで目を見開いていた。それでも父は大人しく口に運んだ。ゴクリという音とともに、父の喉仏が上下に動いた。 「……んまっ。これ、あいつに教えてもらったの?」 私が首を横に振ると、私から鍋に視線を移した。 「懐かしいな……味、そっくりだよ」 そっくりな味に出来ていたからか、父の好物らしいこれを久しぶりに食べられたからか、父は機嫌良く部屋へと向かった。 炊飯器の音楽が鳴り、炊き立てのご飯の匂いがふわっと薫ってきた頃、部屋着に着替えた父が再び台所へとやってきた。 「まだ、メイン作ってないよ。今、お米が炊けたところ」 私の言葉に機嫌が悪くなるかと思ったが、予想外にも父は腕まくりをし出した。 「よし。俺がチャーハンを作ってやろう!」
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