78人が本棚に入れています
本棚に追加
フェロモンを吸っているはずなのにたぬきの分身はバスターソード片手に襲ってくる。教会のど真ん中で僕はたぬきの攻撃を回避しながら思った。
たぬきが巨大魔獣だったのなら……ゲームに出てくる、感情のないモンスターだったらよかったのに。
「たぬきちゃん、僕は君の中にある天使の魂が欲しいだけなんだ!!」
「そう言って私を殺すんだよ!! 悪魔はみんな天使に殺されるんだ!!」
1発でも食らったら再起不能になりそうな斬撃を、ナイフも駆使して何度も回避して、近づいていく。たとえ目の前のたぬきが分身だったとしても。
「殺さない……僕はたぬきちゃんを殺さない!!」
両手を広げたぬきをぎゅっと抱きしめた。分身でも構わない。分身ごと切られたらそれまでだと思った。汗と女の子の匂い、爽やかな甘さに何処かねこくんの面影を感じた。
「殺さないって……本当なの……」
カシャンとナイフを落とした音が、教会の中で少しだけ響く。
「そのまま分身ごと切られることくらい、想像しているよね」
教会の入り口に、本体であろうたぬきが翼を下ろし、神刃片手にゆっくりと僕の元へ近づく。
「切るなら、切ればいいよ……」
気づいたら涙を流していた。慈悲と呼べる物か分からない感情が、教会を甘く包み込んだ。
いつものたぬきの瞳で僕は見つめられ目と目が合い、少ししてから僕は跪いた。
「うさぎくんが……私の中にある天使の魂を大切に思っているのは……わかる。察するとかじゃなくて……私を殺した時の、うさぎくんの顔を覚えているから」
涙がぶわっと溢れ、少しぼーっと放心状態になった。
「ごめんね、たぬきちゃんっ。ごめんね……!」
顔を上げるとそこには、見知った顔。黒いねこ耳に長くて黒い尻尾の天使がそこにいた。
「…………」
ねこくんは黙っているけれど、そこにいるということがわかって僕は嬉しくなった。たぬきの分身が僕をねこくんと抱き着かせる。温かいねこくんの温もりで、僕は何とか立ち直れそうだなって、心の中で頷いた。
そっとねこくんが離れると、たぬきの姿に戻った。
「今はこれぐらいしかできないけれど、いつか話せるように頑張るから」
「うん……行こう、みんなの元へ」
たぬきは僕から少し離れ、首を横に振った。
「ステンノが街に攻めこんでいるの。私も行かなくちゃ……」
「だったら僕も行く。たぬきがひどい目に合うくらいなら僕が前に出る」
「……うさぎくんがどっち側なのかもう分からないよ」
床に落としてたナイフを拾い、教会の外へと歩く。
「僕はただのエゴイストだから、天使でも悪魔でもないよ。でも、今の僕は悪魔なのかもしれないね」
たぬきが僕の後についてくる。真剣な表情だったたぬきの顔が、少し緩んで微笑んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!