《1》どこにもいない

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《1》どこにもいない

 濁った色をした街、カビが生えかけたパン、怒鳴り声をあげる大人。  先端を真っ赤に染めた焼き(ごて)、ところどころ屋根のない廃屋、手や足の欠けた子供、元が何色か分からない黒ずんだ衣服。  毎日誰かが欠けては、新しく誰かが捨てられてくる。  それが俺たちの世界――腐っていると分かっていながら、それでも生き続けなければならなかった場所だ。  最後に交わした言葉を、君は覚えてくれているだろうか。  それとも、君はすでに幸福の国へと旅立ってしまった後なのだろうか……俺を置いて。 『ねぇ、これ持ってて。これさえあればどんなに時間が経っても、私のこと、私だって分かってくれるよね?』 『また会えるって信じてる。だから絶対に、死んじゃったりしないで』  あの言葉を覚えている人間は、今はもうこの世に自分しかいないのかもしれない。そう思うだけで心が鮮血を噴き上げる。  それは本当に、痛くて痛くて、声すらあげることができないほどなのです。
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