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 夕飯を終え、ふたりで食器を片付け、九時過ぎに二階へ上がり布団へゴロンと寝転がった。 「なぁ、愁」 「ん? なに?」 「東京帰ったらさ、俺の仕事、手伝ってくれないか?」  電灯を点けない部屋。窓から月明かりが差し込み慎二の横顔をほのかに照らしていた。  東京……そうか。ずっとここにいられるわけじゃないんだもんね。いつまでも無職でなんていられないし。  仰向けになっていた慎二が愁へ体を向ける。慎二の目は穏やかで、なにも心配要らないと愁に語りかけているようだった。 「今すぐじゃなくてもいい。愁が手伝ってもいいかなって思った時でいいから」 「ううん。ありがとう。うん。手伝いたい」  退職金やこれまでの貯蓄があり、職探しに急を要しているわけではない。しかし「無職」という状態に負い目も感じる愁にとって、慎二の提案は救いといえるものだった。慎二の会社ならパワハラを受ける不安もない。助けてくれた慎二を支えたいとも思った。新しいことにチャレンジできる喜びも感じる。  愁は拳をキュッと握り、元気に答えた。 「何でもするよ!」 「うんうん。俺が手とり足とり指導するから安心して」 「うん! お願いします」  愁の顔に生き生きとした色が射す。 「よかった」  明るい表情の愁へ慎二が顔を寄せチュッとキスした。突然の出来事に固まる。現状を把握するのに数秒かかった。顔がジワジワと熱くなっていく。  なんで、たかだかキスくらいでっ。どんだけだよ。中学生じゃないんだからっ!  己にツッコミを入れてる間に慎二がまたゴロンと仰向けになった。 「……よかった」  目を閉じ、聞き取れないくら小さな声で慎二が呟いた。愁は喜びを静かに噛み締める慎二の気持ちを感じるような気がした。 「慎二。これまでのことも、今も、すごく感謝してる。ありがとう」  そう言って同じように仰向けになり、手を伸ばし慎二の手に重ねた。慎二の手が愁の手を包む。 「お互い様だよ。今の俺がいるのは愁のお陰だから。これまでも、これからも、ふたりで助け合っていけたらって思ってる」 「うん。僕もそうしたい」  天井を眺めながら返事をすると、愁の手を握る慎二の手に力がこもる。力強い手は逞しく、心から安心できた。 「よろしくお願いします」  天井から慎二へ顔を向け言うと、慎二も愁を見て頷いた。 「こちらこそ、よろしく」
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