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翌日、筋肉痛がだいぶ治まったふたりは夕方、神社へ向かった。子供たちの失踪事件の後でキチンと鬼神様にお礼ができていなかったからだ。
朝のお参りの時には朝もやがかかり、神秘的でピンと張り詰めた空気を感じる参道が、どことなく柔らかな空気で迎えてくれているように愁は感じた。
お供えものの団子を皿へ置き、慎二と愁は見つめ合い、前を向いて手を合わせた。
「子供たちを助けて頂き、本当にありがとうございました」
慎二は目を閉じたまま無言だったが、真剣に何かを願っているように愁には感じられた。しばらくして慎二が目を開ける。真剣な眼差しだった慎二だったが、ふわりと愁へ微笑みかけた。
「そういえば、たーさんの声。あの子達には聞こえなかったみたいだな」
「うん。少し、寂しいね」
確かにあの時、子供たちはたーさんのことを全く気に留めてなかった。むしろ僕らがたーさんと話しているとキョトンとした表情をしていた。子供時代に見えないものが見えたり、聞こえない声を聴くという話はよく耳にするけれど、どうやらそれは違うみたいだ。そもそも、大人の僕が話せていたんだから。
「決まりがあるんじゃ」
「え?」
どこからともなく聞こえてくるたぬきの声にふたりが目を丸くする。辺りをキョロキョロと見回すと、いつの間にか神社の階段にたぬきが座っていた。慎二が嬉しそうな表情になる。
「いたのか」
「たーさん、決まりって?」
「わしはひとりで遊んどる子にしか話しかけん」
たぬきの言葉に、チラリと二人が視線を交わす。
一人であそぶって……、僕に関してはもはや子供でもないんだけど。……一人だったけど、遊んでいたわけでも……。
そこまで考えて、愁がハッと気付く。
僕はさて置き、慎二が一人遊び? 人当たりがよく、いつも快活な慎二。会社でも、慎二の周りには自然といつもたくさんの人が集まる。子供時分もきっと子供たちのリーダー的な立ち位置だっただろうって思っていた。一人ぼっちで遊ぶだなんて、全然イメージできない。
愁が慎二を見ると、慎二が「うん」と頷いた。
「俺の母親は昔、心臓が悪くて手術をしたんだ。父親は仕事があるし、だから、入院中の数ヶ月を美代ばーちゃんと暮らした。……五歳くらいだったかな」
初めて聞く慎二の子供の頃の話。生まれた時既に母を亡くし田舎で祖母の元で暮らしていた愁にとって、その寂しさは少しわかる気がした。
「こっちに来たはいいけど、友達はいないし、母に会いたくて泣いてばかりいたんだよ」
慎二が照れくさそうに鼻の頭を指先で掻いて苦笑いする。愁は黙って聞いた。
「メソメソ泣きよる慎二は可愛らしい子供やった」
たぬきが楽しそうに言う。
「初めてできた友達がたーさんだった」
慎二がたぬきに微笑むと、たぬきは嬉しそうに「うへへ」と変な声で笑う。そんな二人を見て愁は二人を一層愛おしく思った。
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