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 古びた木の香り。  角材を格子に組み、それに板を貼った天井のことを格天井(ごうてんじょう)と呼ぶ。年季の入った天井は目玉のような木目を浮かび上がらせ、升目の縁同様に黒くくすんでいた。それと対照的に障子窓から明るく柔らかな光が薄暗い室内を照らしている。  もうとっくに外界の陽は昇っていることを布団に潜っている人間に教えているが、布団の中の膨らみはビクともしない。八畳の和室をほんのり照らす光に舞うのは目に見えぬほど小さな埃だ。  シン……と動かなかった布団の山からにゅっと手が現れた。白く細い腕が伸びる。手は指先に触れた塊を掴み引き寄せ、腕の中に抱き込んだが、それはフニャッとたよりなく腕の中で潰れた。いつもと違う手応えのないクッション。   いや、違う。これは布団だ。 「…………」  遠野愁(とうのしゅう)は布団をめんどくさそうにめくり、目覚めたての虚ろな目で見知らぬ室内をゆっくりと見渡した。楕円形の竹ひごの照明。木枠の障子、畳。  頭が鈍く重い。ここがどこであろうとそんなことはどうでもいい。愁は結局起き上がろうとはせず、無表情のまま瞼を降ろした。無造作にめくった布団を引っ張り、モソッと寝返りを打つと体を丸め、縮むように曲げた膝を軽く引き寄せた。 『愁、起きろよ』  手が見える。愁へ向かい差し出される大きな手。長い指は男らしく節くれが目立ち、親指は元気よく反っている。この手を愁は知っていた。ここに連れてきた人物が誰なのもわかっている。その人物を脳裏に浮かべながら思った。  ――どこに来たって同じだ。
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