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「道があったろ?」
たぬきは愁がさきほど立っていた方向を指差す。その手がとても小さくて、可愛らしいので愁は目を奪われてしまう。
「おい、聞いてるのか」
冷めたたぬきの声に我に帰った愁が「うんうん」と頷いた。たぬきの案内で、細い道へ戻り歩き出す。道は幾度も二股が現れたが、その度にたぬきが「こっち」「あっち」と教えてくれた。気が付くと、すずめ地獄にたどり着いている。
「わあ、ありがとう。たーさん」
「助けてもらったし、美代ばあさんにも世話になってるしな」
「美代さんを知ってるの?」
「毎日お参りしてるだろ。鬼さんとこに」
「鬼……あ、神様の?」
「シュウも今日、来たな」
「やっぱり、たーさんだったの?」
すれ違ったたぬきがたーさんだったことに愁のテンションが上がる。
「美代ばあさんの手作り団子、ほんとっ美味いよな。あー思い出したらヨダレがでてきた」
「たーさん、盗み食いしてるの?」
愁が困ったような顔を見せると、たぬきがムキになって言った。
「あほぉ。鬼さんが食っていい言うんじゃ。どうせ鬼さんは食えんしな」
たぬきの言い訳に、更に愁の表情が曇る。
「信じれんか? 鬼さんのことを人間は怖がるけど、鬼さんはやさしい。俺は嘘はいわん」
「あっ!」
たぬきが愁の腕からポーンと飛び出す。そのままタタッと走って草むらへ姿を消してしまった。
「たーさん……」
今までの出来事がまるで夢のようだ。腕の中の消えてなくなってしまった空間を見つめる。たぬきを抱いた重みも、温もりもまだ愁の腕に残っていた。
ポケットからたぬきの人形を取り出した愁は、たぬきが消えてしまった草むらへ目を向けた。
「また、会えるかな?」
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