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「激怒した大明神は逃ぐる鬼様ん首ば斬った。死に際に、死んだら天に昇って霜ば降らせ、五穀に害ば与ゆるやろう、て言い残した」
「はあ」
蹴り返したのはよくないけど、それで首をはねられるのも行き過ぎた罰だな。と愁は自分の首を擦り、鬼神に同情した。恨みを抱くのも仕方がないんじゃないかとも思う。
「鬼様ん死後に阿蘇ん人々は霜害に苦しんだため、鬼様ば神として祀るけんと許しば請うたところ、鬼様は、斬られた首ん傷が痛むけん温めてほしかて言うたけん、霜宮ば建てて鬼様ば祀り火焚きん神事ば始めた、ちゅうもんや」
要は、鬼八の怨霊が毎年六月の暑い時に霜を降らせ農作物を台無しにしてしまう。飢え苦しむ農民を見た大明神は鬼八の霊を祀り、怒りを鎮めた……ということなんだね。
たぬきは鬼神様を優しいと話していたが、その真意を伝承で確かめることはできなかった。
今日はちゃんとたーさんの分の団子がある。御供物を貰わなくてもお腹いっぱいになるね。愁は考えつつ狛犬に迎えられ、ずっと続く石でできた一本道の階段を上り始めた。
高い杉が伸び草が地を覆う、薄暗い森。そこはまさに神聖な緑の世界だった。愁は二度目だが、一歩足を踏み入れるごとに恐れ多い気持ちになる。参道にひときわ目立つ石があった。緑のコケがびっしりと生えていて、しめ縄が巻かれ、石の前には神主や巫女が手に持つ祓串が地面に刺さっている。
愁が目を向けると美代が説明した。
「鬼様が穿戸岩を蹴破った時に飛んできたとさるる石、さざれ石ばい」
美代が本殿の裏を指さした。
「あんが穿戸岩」
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