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「ううん。嬉しい。ありがとう」
「たくさんなってる場所まで案内してやるぞ」
「うん、今度教えてもらうよ」
たぬきは愁を見上げ、黒目をパチパチとまばたきした。
「シュウはお母ちゃんがいるのか?」
「僕はおばあちゃんに育ててもらったんだ。だからお母さんは写真でしか知らないんだ」
愁は木苺を枝から一粒摘み口に入れる。
甘くて少し酸味がある可愛らしい味がした。
「そうか。俺も母ちゃんを知らない。母ちゃんとの記憶はあるような気がするけど覚えてない」
「一緒だね」
どうしてたーさんはそんなことを尋ねてきたのだろう? 愁は考えながら、もう一粒摘みたぬきへ差し出した。たぬきはたらんと落とした腕(前足)をそのままにして「土産だからシュウが食え」と言う。
「じゃあ、いただきます」
たぬきは黒くつぶらな丸い目で愁を見上げ「うむ」と頷いたが、愁が木苺を口に入れプチッと噛んだ瞬間、口を開いた。
「シンジと交尾はしたのか?」
「……っふぐ!」
唐突な言葉にむせる。今度は愁が目をパチパチとさせた。そんな愁をたぬきがキョトンとした顔で見上げる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど」
愁は何が起こっているのかわからず、視線をソワソワとあちらこちらへと散らした。
「その様子だと、まだ交尾してないみたいだな」
「するわけないでしょって、どうしてたーさんが慎二を知ってるの?」
たぬきはゴロンと縁側に寝転んで無防備にぽっこりとした腹を見せた。
「シンジは毎年、夏はここに来てたからな」
「そうなんだ」
「シンジが小さい頃はよく一緒に遊んだもんだ」
愁はたぬきから庭へ目を向け、勝気な目をした小さな男の子の姿を思い浮かべた。
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