12/12
605人が本棚に入れています
本棚に追加
/127ページ
 己だけの特権を嬉しく感じながらも、やっぱりどこか切なく寂しく思ったが、愁はそれを表情に出さず、胸ポケットからたぬきの人形を取り出した。 「これ、ありがとう。すごく気に入ってる」  手の中のたぬきの人形から慎二へ目線を上げる。 「お? 持っててくれたんだ。よかった」  慎二が嬉しそうな表情になる。 「どうして、たぬきだったの?」 「たぬき好きだろ?」  当たり前のことのように言う慎二に、愁は一瞬驚いた。 「知ってたの?」 「うん」  慎二はニヤニヤと妙な含み笑いをする。 「な、なに?」 「俺らの仲良くなったキッカケ覚えてる?」  慎二は唐突に全く関係ないことを愁へ尋ねた。 「えっと……研修、かな? 隣の席だったから」  大学を卒業して入社した時、愁達は三週間、同じ部屋で研修を受けた。たまたま隣の席だったのが慎二だった。  まだ配属先など決まっていない時期で、知り合いもいない。自然にふたりは休憩時間を一緒に過ごすようになった。慎二は快活で社交的で、愁から見て、いかにも仕事をテキパキと要領よくこなすタイプに見えた。内側から自信が溢れていたし、実際、営業課に配属され、慎二は仕事を楽しそうにこなしていた。パワハラ上司がやってくるまで。  あの時はかなり滅入っていた慎二だったけど、本質は今も同じ。エネルギッシュで眩しい。愁にとって、慎二はいつも太陽のような存在だったのだ。
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!