第二章 驟雨、重なる痣と傷

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第二章 驟雨、重なる痣と傷

《一》凪いでは痛む、心の底  手伝いというのは、簡単な家事と、寺院の中での軽作業のことだった。  本堂や各部屋の掃除を手伝ったり、仏具類の手入れをしたり、食事の用意をしたり。大半がそんな感じだ。  ――ここで世話になり始め、かれこれ三日が経過していた。  わざわざ住み込みでと言うくらいだ、責任ある仕事を任されてしまうのではと身構えていたが、実際には家事手伝いに等しいことばかり頼まれている。  ちなみに、大して役に立たないだろうと判断されてか、力仕事の類は現時点では任されていない。  電気やガスが通っていないこの場所では、食事の支度をするにも、まずは火の起こし方から学ばなければならなかった。  時代を感じる絵柄の箱に入ったマッチを擦り、古い焜炉(こんろ)に器用に火を点ける彼の指を見つめながら、サバイバルなイメージとささやかな感動を抱いたことはまだ記憶に新しい。  マッチ自体、使うのは子供の頃以来だった。マッチどころかライターとすらほぼ無縁の暮らしをしていたために、最初はマッチ棒を擦る手が震えた。  すぐに焜炉を使いこなせるようにはなれそうもなく、結局、しばらくはそれよりも小さく扱いやすい七輪を使うことにした。それだって、使い慣れるまでには相当の時間がかかると思うが。  予想はしていたけれど、寺院の中に、私以外に手伝いとして働く人はひとりもいなかった。  外観を眺めるだけでも荘厳な印象を受ける寺院は、広さだけはあると事前に伝えられていた通り、内部も実に広大だ。  寺の内部に足を踏み入れるという経験がこれまでになかった私は、最初は右も左も分からずおろおろするばかりだった。手伝いを始めて三日が経った今、やっとのことで、自分に割り当てられた部屋まで迷わず辿り着けるようになったくらいだ。  典型的な核家庭で育った私は、田舎町に暮らしながらも、寺の檀家だとか付き合いだとか、そういう事柄とはほとんど縁なく生きてきた。  九歳になった年に両親を事故で亡くし、その後は隣町に住む父方の祖母に引き取られた。十七歳のときには、唯一の肉親であったその祖母も他界した。天涯孤独となった私は、ますます「家」という概念から懸け離れた生活を送らざるを得なかった。それもあってか、今は目に映るすべてが新鮮に思えてしまう。  麓の旅館に預けてあった荷物は、住み込みを承諾した翌朝、割り当てられた部屋に届いていた。  大した荷物が入っているわけではなかったが、数日間をこの場所で過ごすなら着替えだって必要になる。なにより、半日ほど途絶えていた痛み止めの薬を口に放り込めて、私は心底ほっとしていた。  服装については、事前に伝えられていた通り、女性ものの着物が用意された。  普通の服がないことは想像通りだったものの、かといって、着物を差し出されてすぐにそれを着られるかと問われれば答えはノーだ。自分で和服を着付けた経験はないし、仕事をするのに動きにくいなんてことになったら本末転倒だ。だから、服だけは旅行鞄に詰めてきた自分のものを着ることにした。  着物を借りたいと思えなかった理由は、それ以外にもあった。  ここを訪れてからというもの、違う世界に迷い込んだみたいな不可思議な感覚が、根底にずっとのさばっている。これ以上そんな気分に呑み込まれたくないという気持ちが大きかった。  腕時計もスマートフォンも使いものにならない今、せめて自分の荷物や服だけでもいつも通りにしていないと、瞬く間に独特の雰囲気に呑まれてしまいそうだったのだ。  慣れた服装のほうが動きやすいから、と告げると、彼もすぐに納得してくれた。その上に割烹着を羽織った姿が、今の私のスタイルだ。  昔の時代の女中みたいだな、と思う。しかし、その心境もやはり、七分丈のデニムレギンスと白の半袖カットソーという自分の服装によって随分と緩和される。服までは借りなくて良かったと、心底安堵してしまう。  炊事や掃除、裁縫といった家事は、どれを任されてもさほど苦ではなかった。足腰が弱かった祖母を小学生の頃から手伝っていたし、祖母の死後、高校を卒業するまでの間世話になった施設でも、それらには真面目に取り組んでいたからだ。  電気もガスも水道も通っていない山奥で、すでに三日も生活してしまっている。数日前までは想像さえ及ばなかった暮らしをしているのに、敷地内で迷子になるかもしれないという以外、さして不安を覚えることはない。そんな自分に、私こそが一番驚いていた。  たらいに張った水は、本堂の裏側にある井戸から汲み上げてもらったものだ。  井戸水を使って生活するなんて、初めての体験だ。かなり冷たいが、蒸し暑い季節だからか、体感的にはむしろ心地好い。使い終わった食器や調理器具をそこに浸しながら、私はぼんやりと外を眺めた。  台所の窓からは、先日まで私が訪ねようとしていた、絵馬の奉納場所の一部が覗いていた。正確には、その跡地が。  百年近く前に大規模な火災があったというその場所には、現在、絵馬はただの一枚も奉納されていないという。お堂ごと跡地となったそこには、今では笹が生い茂り、傍目にはなんの変哲もない垣根があるだけだ。  降り続く雨に濡れた笹垣を一瞥した私は、小さく息をつき、洗い終えた食器の上に布巾を置いた。
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