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プロローグ 魔王軍診療所 営業中
「えぇ!?膝に矢を受けちゃったんですか?!」
昼下がりの診察室に俺の声がこだまする。
膝を見ると確かに深々と矢が突き刺さっている。
「あー、膝の皿パックリいってますね、」
「先生、脛骨と大腿骨にも傷が。」
「本当だ、こりゃぁ痛みます…よね?」
「…。」
助手と一緒に骨が剥き出しになった患部をあらためるが損傷が激しい。普通なら悶絶して痛みで失神してもおかしくないはずだが、この患者さん歩いて来たよな…?
疑問にかられ患者に塩梅を尋ねるが表情が全く読めない。
―――だって骨だからね。
眼球があるはずの眼窩には闇が二つ。
言葉も発せずこちらを見つめている。
お見合い状態になり、言葉に詰まった俺に助手が助け舟を出してくれた。
「ユタカ先生、ダインさんはスケルトンなので痛覚はありませんが、このままだと膝の動作に支障が出るそうです。」
「あぁー、そういう感じなのね…。」
目の前の患者さん、ダイン=デスノーグさんはスケルトン。つまり皆さんご存知ファンタジーでお馴染みのモンスター、動く骨だ。
(生きてる人の骨の治し方は整形外科で習ったけど、死んだ骨の直し方ってどうすりゃいいんだ…。)
無言の圧と凍える視線を携えた患者相手に問診を続け、治療方針に悩みながらも俺はカルテを書き続けた。
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患者氏名 ダイン=デスノーグ
性別 男性(骨)
年齢 847歳
病名 弓矢による膝蓋骨、脛骨、大腿骨損傷
説明補助者【エリザ=ブルーブラッド】
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「…んで、担当医師名【坂本 豊】っと。」
別世界の父さん、母さん見てますか?
何を言ってるかわからないと思いますが
あなた達の息子は今、異世界で魔王軍の軍医やってます。
◇
「ふぁぁー、今日も働いたなぁ。」
営業を終え空を見上げると月が顔を覗かせていた。
診療所の営業時間は昼過ぎから夜9時ごろまで。
理由は太陽の光が苦手な患者さんもいるからだ。
もちろん急患が出れば時間外の対応をするが、前の世界と比べると随分のんびり仕事が出来ている。
「お疲れ様です、ユタカ先生」
悠長に伸びをしていると後ろから声がかけられた
振り向くと眼鏡姿の銀髪の美女が立っていた。
眼鏡の奥からは真紅の赫眼が覗いている。
そんな彼女の手にはマグカップが二つ握られていた。
「お疲れ様ですエリザさん。今日も助かりました。」
この人はエリザ=ブルーブラッドさん。
ここ魔王軍で俺の世話役をしてくれている吸血鬼の女性だ。なんでも六魔将という魔王軍の中でも相当偉い立場の人らしいのだが縁あって助手として俺の診療所を手伝ってくれている。
彼女は今俺がこの世界で一番親しい人といっても過言では無い。現に特に示し合わせたでもなく診療所の外にあるベンチに腰掛け、二人でコーヒーを啜っている。仕事終わりの至福の時間だ。
「スケルトンやゴーレムの方々は声帯がありませんからね、念話を使わなければ意思疎通は困難ですよ。」
「魔法ですかぁ…練習成果が出るのはいつになるやら。」
「大丈夫ですよ、まだ練習を初めて1ヶ月ですし気長に考えましょう。」
信じ難い話…いやもうスケルトンとか居たから信じ難くはないか。
俺が今いる世界はお察しの通り【異世界】というやつだ。剣と魔法の世界で勇者もいれば魔王もいる、そんな世界に俺は1ヶ月前に突如として召喚されたのだ。
元の世界ではしがない勤務医だった俺だが、紆余曲折あって今では魔王軍専属の軍医。といってもほぼ町医者に近い感じで一つの診療所を任せてもらっている。
「というかもう1ヶ月経つのか、早いなぁ。」
「どうですか、慣れましたか?」
「いや全然。刺激的で楽しいですけどね。」
俺がこの世界に来て約1ヶ月。
昔ゲームで見たようなモンスター達が目の前で生活しているのだ、驚かない訳がない。それにゲームの中だと敵だった彼等が結構まともで友好的ときたらそりゃ驚くだろう。まぁ一部の例外は居るがそれでもだ。
生活の文化レベルは前の世界と比較にはならないけど、ヨーロッパの片田舎で生活しているような気分でこれはこれで味わいがあるものだ。
「それならば良かった、のでしょうか。私のせいで無理にお連れすることになったので怒っておられるのでは無いかと心配で…。」
コーヒーの入ったカップを包み込むように持ちながら顔を伏せる彼女の姿は憂いを帯びていてとても魅力的だ。吸血鬼という人間をいとも容易く屠れる存在なのに儚さまで感じて思わず目を惹かれる
っと…いかんいかん。患者相手にそんな気を持つのはご法度だと教授に言われたっけ。
「大丈夫ですよ。寧ろこの世界に来るキッカケがエリザさんで良かった。」
「えぇ…?今思い出しても恥ずかしいですよ、あんな理由で呼び立ててしまって…。」
「皆さんかなり慌ててましたからねぇ、今思うとあれは面白かった。」
仕事終わりのゆったりとした二人きりの時間。
マグカップから立ち昇る湯気を眺めながら俺はこの世界に来た日を思い出すのだった。
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