カルテNo.3 吸血鬼と過ごす一日の終わり

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カルテNo.3 吸血鬼と過ごす一日の終わり

「あれからあっという間でしたね。」 「本当ですね、ラストさんの手腕が凄かった。」  謁見のあと、すぐにラストさんが家を用意してくれた。  その家こそ今俺が診療所として使っている建物だが、元々はエリザさんの療養用に用意された家だ。てっきり別の住居が当てがわれる物だと思っていたのだが、ラストさんの判断で俺とエリザさんは一つ屋根の下で暮らしている。  血液を提供する上でも一緒に住んだほうが合理的、という判断らしいが 『手を出したらどうなるか解っているな?』  と魔王モードで脅されたのでそういうやましいことは一切して無い。断じて無い。 「でも結構勝手な理由で診療所にしちゃったけど大丈夫だったかな。」 「そこは大丈夫だと思いますよ、ラスト様も『何かしていたほうが気がまぎれるじゃろう』とおっしゃってましたし。」 「本当、その通りで。」  暇ほど毒なものはない、ということわざの通りだ。  最初の1週間、日中は家でこの世界の本を読み漁り、それ以外は朝晩に血を提供するだけの生活だったが、暇すぎて頭がおかしくなりそうだった。  そこでラストさんに家を簡易的な診療所として使わせてもらえないか相談したら突貫工事で診療所仕様にして貰えたのだ。  こうして開業した魔王軍診療所だが、正直患者はそう多くない。いきなり現れた得体のしれない人間に身体を診せようという方が奇特だろう。それに切り傷擦り傷程度ならちょっとした魔法で治ってしまう世界だから尚更だ。  ただ、ダインさんのように元々人間だった魔物たちは抵抗が薄いのか立ち寄ってくれている。生者よりも死者の方が診療所に来る、というとても不思議な状況だが有難い限りだ。 「まぁ、もし本格的にやるとなると色々足りないし今ぐらいがいいのかなぁ。」 「薬や()()()()()…という物でしたか?」 「うん」  幸いラストさんからもらった知識で魔物の構造や生態については明るくなったし、魔術や薬草の類の知識も得られている…がモノが足りないのだ。欲を言いだすと止まらないが、薬や診断用検査機器、他にも血液検査や細菌培養の技術も確立していない。  正直今のレベルじゃ出来ることは少ない、出来るのは栄養指導と衛生面のアドバイスぐらいだ。 「それについてですが…。」  この世界に来て何度目か解らない話をエリザさんにしていると、彼女が口を開いた。 「どうしたの?」 「実はその話、いくつか解決する目途があるんです。」 「本当?!」 「はい、ただもうちょっと時間はかかりそうですが。」  驚いた、何か策があるようだ。  CTやMRIとか贅沢は言わないけれどちょっとでも出来ることが増えるのであれば有難い。魔物達の診断もそうだが、もし自分が倒れたときに何もできないのはマズい。 「それに1人、役に立ちそうな人物に心当たりがあります。」 「本当かい?」 「えぇ、変わり者ですが役に立つと思い、声をかけてあります。」 「そりゃ楽しみだ。」  この医療が発達していない世界で興味を持ってもらえるのはいいことだ。エリザさんが治り次第俺は帰らなければならないが、少しでも世界の役に立てるのならば喜ばしい限りだ。  ◇ 「ところでその…。」  話しがひと段落したところで恥じらいの表情を浮かべながらエリザさんが口ごもった。 「ん?あぁ…そんな時間でしたっけ。」 「…すいません。」 「いや、これは治療だから気にせず。」  井戸水で手を洗い彼女に指を差し出す。   1日2回のお約束、吸血(おくすり)の時間だ。  治療と療養の甲斐もあってエリザさんは快方に向かっているが、まだ治療は必要だ。 「毎度の事ですけど…見ないで頂けますか…?」 「う、うん。」  吸血するときはどうしても吸血鬼としての本性が出てしまうそうで、あまり人様に見られたいものではないらしい。逆らう理由も無いので眼を閉じると眼鏡をたたむ音と衣擦れの音がした。 「それでは…失礼します。」  フワっと鼻腔を甘い匂いがくすぐった瞬間  指先に熱い電流が走った 「…ッ。」  毎度の事だが。この感覚は何とも言い難い。  無痛…ではないが痛みが快感に転換されているような、そんな感覚だ。  血液を吸い出されているはずなのに、身体が甘い熱で満たされていく。正直に言って滅茶苦茶気持ちがいい…!  だが…治療行為に興奮を覚えるなど医師として人としていかん! (これは治療…そうこれは治療行為なんだ…!)  そう何度も心を正すが指を舐られ甘噛みされる度に理性が吹き飛びそうになる。  もう限界、というすんでのところで牙が抜かれ、段々と体の熱が冷めていく。 「っぷぁ…ごちそうさまでした。」 「お…お粗末さまでし…た。」  血を吸われただけなのに息も絶え絶えだ。  目をあけると紅潮した艶やかな表情のエリザさんが八重歯に残った血を舌で舐めとっているところだった。 「わ、私夕飯の用意しますね…!」 「お、お願いします」  俺の目線に彼女も恥ずかしくなったのか診療所に引っ込んでしまった。  ちょっと目をあけるのが早すぎたかな…。  しかし刺激的で蠱惑的な姿が目に焼き付いて離れない。  両手でピシャリと自分の頬を叩きかぶりを振る。 (しっかりしろ…!)  コレが続くと理性が焼き切れてどうにかなりそうだ。  しかも今の俺にとって理性を保つのは死活問題なのだ。  理性の鎖が砕け散った瞬間=ラストさんによる断罪の時  なので短期決戦でお願いしたい。  エリザさんには早く治って欲しいものだ。  いやでも続いてほしいような…。  いやいや病気だし…。  でも…。  そんな葛藤を抱えながら今日も一日が終わっていくのだった。
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