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カルテNo.4 炎神の祟り
「ん~今日はいつにも増して平和だなぁ。」
「本当ですねぇ。」
外のベンチで日向ぼっこをしながら伸びをする。
エリザさんは日光が弱点らしいので日差しの入らない部屋の中で机に頬杖をついている。
おやつ時を過ぎたというのに今日は患者さんが一人も来ない。今日はどこの兵も人間側の勢力と交戦していないらしく、怪我人が出ることも無さそうだ。
「先生、ちょっと街まで出てみますか?」
「診察時間中だし、日も高いよ?」
「大丈夫ですよ、私他の吸血鬼と比べると日光の下でもある程度は動けるんです。」
そういうと彼女は日傘をさして外に出てきた。
そんな彼女の装いはロングのワンピースと日よけの長手袋をはめた姿になっていた。
「私の分身を置いておくので、何かあったらすぐわかりますから。」
エリザさんはそういうと影から分身の蝙蝠を呼び出し軒先にぶら下げた。
「…もう行く気満々じゃないか。」
「行きましょう?ユタカさん。」
営業時間中だが…不幸か幸いか待っている患者さんもいない。それに訪ねてくる患者もそういない、か。
「解りましたよエリザさん、ただしあんまり遠くには行きませんよ?」
「はい!」
患者が元気になるのはいいことだ。
それに俺はあんまり街中を出歩かないからいい機会かもしれない。
◇
家から少し離れた場所にある街の中心部にやってきた。魔王城の城下町ということもあって活気がある。
「おぉ…結構賑やかだ。」
「えぇ、日中に活動する種族も多いですからね。」
魔王城は廃城となった人間の城を改修して使っており、城下町も廃墟をそのまま流用しているようだ。
街並みはヨーロッパ風だが場所さえあればどこでも商売をやっているところの雰囲気は中東のバザールやインドの市場に似ている。
「本当だ、種族入り乱れて生活しているんですね。」
「はい、今の時間はゴブリンやオーガといった鬼人達やケンタウロスやハーピーなどの魔獣達の活動時間帯ですね、他にも街にはあまりいませんが草木の魔物達も起きていますよ。」
「はぁー、こう改めて見るといろんな種族がいるんだなぁ。」
頭の中で存在は知っていても実際に動いているのを見るのとでは大きく違う。
歩くだけで地面が揺れるオーガの巨軀、建物の屋上で逢瀬を重ねるハーピーのカップル、他の魔物を乗せて歩くケンタウロス。
聞き慣れない声、嗅ぎ慣れない匂い、見たことのない彼らの表情。
―――ここには確かに生命の営みがある。
それを実感できただけでも出てきた甲斐がある、そう思えた。
感傷に浸る俺の顔を見て満足したのかエリザさんが楽しげに俺の手を引っ張る。
「ユタカさん、あちらの屋台に行きましょう!」
「あ、あぁ。」
連れられた先にあったのは豚に似た頭をしたオークの女店主が営む串焼きの屋台だった。
「あら珍しい、エリザ様じゃないかい。」
「久しぶりねコション婆さん。」
「あらぁー、だいぶ元気そうになったじゃないの。」
エリザは魔王軍の最高幹部、六魔将という立場でありながら一般市民とも隔たりなく接しているようだ。俺が職業柄人を見るのが仕事だからか、地位を恐れて相手が萎縮しているような気配がないことが見て取れる。
「おや?後ろのボウヤは誰だい?」
「ボウヤって…。」
「私の病気を治してくれてる先生よ。」
「あぁ!ウワサの異邦人かい!」
「しーっ!」
ウワサ?俺噂になってるのか?
そしてなぜ口止めするんだ?
疑問に思う俺の前でエリザさんがコション婆さんに耳打ちしている、実に怪しい。
「わかった、わかったよ。まったくもう、あのエリザお嬢がねぇ。」
「もうお嬢じゃありませんー!」
「はいはい、それじゃこれはおばちゃんからのサービスだよ。」
そう言うとコション婆さんは串に刺さった焼肉を俺とエリザに渡してくれた。
「あ、お代を…!」
「いいんだよ!人間じゃあるまいし。アタシらは受けた恩は恩で返す、それだけさ。」
「はぁ…?」
釈然としない表情を浮かべる俺にやれやれとため息をついてから顔を近づけコション婆さんは耳打ちしてきた。
「エリザの嬢ちゃんを元気にしてくれた礼だよ、あの子は人間達から私達を守ってくれてる恩があるからね。」
ようやっと合点がいった時、コション婆さんはバチンと音が聞こえそうなほど強烈なウィンクをしてきた。こりゃ猛烈だ。
「有難うございます、お言葉に甘えていただきます。」
「ふふふ、たんと味わっておくんなよ。」
「はい、コションさんもどこか具合が悪いことがあれば俺を頼って下さいね、何か役に立てるかもしれません。」
「それじゃエリザの嬢ちゃんに嫉妬されない程度にいかせてもらおうかねぇ。」
「コション婆!」
なんとも心が温まる時間だ。
前の世界にいた時はここまで人と心を通わせられていただろうか、とふと思い出したが今はこの時間を楽しむことにした。
◇
「はぁー!美味かった。」
「お口にあって良かったです。」
コション婆さんのくれた串焼きは甘辛タレでこんがり焼かれており、食欲をそそるものだった。欲を言えば白米が欲しいところだったがしょうがない。
「さて、そろそろ日も暮れるし戻りますか。」
「そうですね…あれ?」
俺が切り出すとエリザさんが怪訝な顔をした。
「どうしました?」
「いや、あそこでゴブリン達が何か騒いでいて…。」
エリザさんが指差す方向を見ると緑色の体をした小鬼達が何か騒いでいる、何かを胴上げするかのようにして持ち上げているが…あれはゴブリンの子供?
「エリザさん、行きましょう。」
「ユタカさん、どうしたんですか?」
「少し…嫌な予感がします。」
俺の感情の変化を見てエリザさんも何かを察したようだ。
「分かりました、ユタカ先生。」
◇
「どうでしたか?」
「どうやら子供が呪いにかかったようです。」
「呪い?」
エリザさんにゴブリンの一人に話を聞いてきてもらったが物騒な言葉が飛び出した。
聞けば昨日領地外の火山帯へ続く【炎神の森】という場所で遊んでいた子供が先程から急に全身に痛みを訴え、全身の皮が煮えた湯のように膨れ上がり弾けたしたという。
ゴブリンシャーマン曰くこれは子供が自らの領域に踏み込んだことに対する【炎神の祟り】だという。
その為彼らは子供を胴上げのように担ぎ炎神の怒りを鎮めるべく呪いをしているそうだ。
これは…マズイかも知れない。
「…エリザさん、子供の様子はどうでしたか?」
「見たところ体の至るところの皮が剥け痛々しい限りでした。」
「そうですか…。」
もし、俺が思っているものだったらマズいことになるかもしれない。しかも想像通りであったとわかったとしてもわかったところで打つ手がない可能性は高い。
「先生?」
険しい顔をしていたのだろう、エリザさんの赤い目が不安そうにこちらを見ている。
…何もしないわけには、いかないか。
「エリザさん、お願いがあります。それも結構無茶な。」
「…なんでしょう?」
エリザさんに向き合い、腹を括って考えを口にする。
「彼らに触れずに無力化出来ますか?僕は…その間に子供を診察します。」
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