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あの時、彼女は、本当は僕に何を聞きたかったのだろう。 それが今も気になる。 彼女とは、読書会のメンバーで、とある官僚の娘の広幡麗子のことだ。 麗子は、品の良い大人しい性格の、どこかイノセントな美しさを秘めた女子だった。 読書会ではいつも僕にさまざまな質問をしてきて、議論になることもよくあった。 だが、どんなに議論が白熱しても、麗子はいつも至福に満ちたような微笑みを浮かべて、とても楽しそうにしていた。 冗談一つ言わないくせに、いつも愉しそうに優しく微笑んでいた彼女が、本当は何を思っていたのか、 そして僕に何を聞きたかったのか、 結局聞けずじまいだった。 そもそもそんなことを聞けるきっかけなどないのだから、仕方のないことかもしれない。 しかし今、あの麗子の幸福そうな微笑みだけが、この胸に去来する。 結局、彼女の微笑み以外に、僕は麗子について何も知らないのではないかという気がするほど、あの彼女の優しい微笑みが全てだった。 小さい頃に、幼稚舎で初めて会った時から、彼女は僕に微笑み続けた。 いつも一緒に行動し、読書会ではあんなに話し合い、議論までしたのに、僕は結局、彼女の微笑み以外何も知らないような気がする。 彼女が本当は僕に何を聞きたかったのか、 今でも気になり続けている。 広幡麗子は、同じ読書会メンバーの大企業社長の子息、徳大寺誠一と結婚した。 どこで麗子と徳大寺が繋がっていたのかは知らなかったが、同じ読書会のメンバー同士だし、有り得ない出会いではない。 知らなかったのはたぶん、僕だけだろう。 誠一とも知り合ったのは幼稚舎の頃だ。 昔から明るく、元気のいい子供だったが、思春期になっても、彼はそのままだった。 普段の爽やかで品格のあるイケメンな笑顔と、怒ると小さな子供のような膨れっ面をするギャップによる愛嬌が微笑ましかった。 たぶんそんな愛嬌のある好男子の誠一と麗子は当たり前に惹かれ合い、結婚したのだろう。 別に不思議な話でも何でもない。 「ねえ!西園寺、こんな現場、もうムリだから。私降りるから!」 少し離れた場所から、女優の神宮寺涼子が大声で怒鳴りながら歩いてきた。 「どうしました?」 「どうもこうもないわよ!あんな偉そうな監督やお局様なんかとやってられないわよ、ったくもう!」 「いや、でも、もうすぐクランクアップで撮影も終わるわけですから」 「だいたいあんたが取ってくる仕事にはロクなのがないのよ!あんたなんか顔がいいだけじゃないの。もうやってられないから。ウチみたいな弱小の事務所なんかとっとと辞めたいわ。今日はもう帰るから!」 そう怒鳴ると、涼子はスタスタと外へ出て行ってしまった。 次の撮影は確か20分後だ。 それまでに彼女を連れ戻さなくては。 後ろからプロデューサーの鬼頭洋平がやって来て、怪訝な顔をしている。 「西園寺くん、マズイだろ、君が何とかしなきゃ、こりゃ大ごとだぞ」 「はい、わかっております」 僕は小走りに涼子を追いかけた。 こんなこと、これで何回目だろうか? 涼子の我儘に振り回される度に走り回り、各所に一人で頭を下げ続ける。 まあ、それが今の、僕の仕事だった。
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