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神宮寺涼子が出ている映画の試写会へ行くために、銀座へ。 試写は、映画会社本社の、奥にある試写室で行われる予定だ。 少し早く来すぎてしまい、一階のエレベーター前で涼子とウロウロしていると、立っていた守衛に不審がられたので、試写状を見せたら、守衛は丁寧に試写室の場所を指示してくれた。 開場時間になり、エレベーターで9階まで行くと、映画会社の営業部が見えた。 忙しく働いている社員たちの姿を横目でチラ見しながら、奥へ歩いていくと、試写会の受付が見えてきた。 映画の配給宣伝担当者に試写状を渡し、名刺を交換してから試写室に入る。 中にいた映画のプロデューサーに挨拶してから、受付で貰ったプレスシートを見ていると、そこには涼子が出ている場面のスチールが何枚か載っていた。 撮影現場であれほどに揉めたことなど、全く感じさせない、ただ静かに、聖母のように微笑む涼子の美しい姿が映っていた。 しばらくして映画が始まり、場内が暗くなった。 いわゆるミステリサスペンス映画だが、どこか社会派ドラマ的なところもあり、中々悪くない出来の映画だった。 涼子もかなりの好演を見せていて良かった。 「私、どうだった?」 涼子がすぐに聞いてくる。 「良かったですよ。流石です」 「そう」 だが涼子は、僕がもう一つ心ここにあらずのような顔をしていたので、僕は本気で褒めたつもりだが、まるで下手なお世辞を言われた時のような顔をしていた。 違うんだ、涼子さん。 あなたの演技は本当に素晴らしかった。 ただ… 帰りの車を運転しながらも、さっき見た映画のあるワンシーンが脳裏を掠めた。 それは主人公の幼少時代に、彼が自分の父親が首を吊って死んでいるのを目撃してしまうシーンだ。 主人公の父親は事業に失敗して、借金苦から自殺してしまうのだが、その首を吊っている映像が、映画を見終わってから、ずっと脳裏にこびりついていた。 それは数年前、大学教授だった父が首を吊って自殺していた光景にあまりに酷似していた。 あの時、まだ大学生だった僕は、家に帰って来てから、書斎にいるはずの父が食事の時間になっても降りてこないことが気になり、書斎まで父を呼びに行った。 書斎の扉をノックし、外から声をかけたが、返事がないので扉を開けると、そこには首を吊っている父の姿があった。 最初は何が何だかよくわからなかったが、徐々に事態の深刻さから、深い悲しみに堕ちていった。 自殺の理由は未だにわからない。 遺書もなかった。 父は何も言わず、誰にも何一つ胸の内を打ち明けることなく、この世を去った。 自分に厳しく、人には優しい人だった。 自分に厳しい分、弱音を吐かない人だったので、自分の胸の内を誰かに打ち明けるということが出来ない人だったのかもしれない。 葬式の日、火葬場で崩れ落ちるように泣き続けていた母も、まるで父に呼ばれたように、その2年後、病気で他界した。 父が自殺してから、たった2年で、僕の家族は崩壊し消滅した。 全ては消えて無くなり、全ては終わってしまった。 僕は大学を辞めた。 と同時に、あの至福の時間だった、土曜日の読書会にも、もう行くことはなくなった。 すると、いつの間にか、読書会も終わりを迎え、全ては終わってしまった。 今はただ、その終焉後の時間を生きているにすぎないのだ… ただ、それだけだ
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