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仕事を終えて、ワンルームマンションに帰ると、疲れがどっと溢れ出た。
神宮寺涼子は、なんとか説得して撮影現場に戻すことが出来たが、話し合いに時間がかかったので、結局撮影は"涼子待ち"の状態で押しまくり、プロデューサーにも監督にも頭を下げ、険悪な雰囲気になっていたスタッフには合わせる顔がなかった。
涼子はそんな状況でも、監督と演技を巡ってかなりの押し問答を繰り返したので、撮影はさらに押しまくった。
苛ついている撮影監督のキャメラマンには睨まれるし、共演している男優のマネージャーにも嫌な顔をされたので、後で控え室に頭を下げに行った。
撮影が終わり、涼子を自宅である高級マンションに車で送り届けた後、一度事務所に戻ってから、深夜になって、やっと自宅の部屋に辿り着けた。
自宅と言っても家賃4万円の、ただ寝に帰るだけの殺風景な安い部屋でしかない。
かって存在した実家の自室は15畳ほどの洋間だったから、今の部屋の2.5倍くらいの広さがあったことを思い出す。
だけど寝に帰るだけの部屋に15畳も必要ないから、これはこれでいいと思った。
ミネラルウォーターを飲んでからベッドに入り、睡魔が襲って来る頃、何故だか、僕がこの業界に入るきっかけになった、ある女優さんのことを不意に思い出した。
彼女が急に女優を辞めてから、すでに2年が過ぎていた。
どこでどうしているのやら…
せめて彼女くらい幸せになっていてほしい…
そういう思いが、時々心の中を通り過ぎてゆく。
あの頃、こちらは、ただの新米のマネージャーにすぎなかったが、あの時の彼女の女優に賭ける情熱は凄かった。
あれだけの凄ざまじい熱意と情熱があっても、終わりの時は突然、何の前触れもなくやって来る。
いつの間にか、何もかにもが全て終わっており、その後には何食わぬ顔をして、新しい現実がやって来る。
ただそれだけのことなのだ。
あの"土曜日の図書館"も
彼女の女優生命も
僕の家も…
終わりは、何の前触れもなく、突然やって来る。
そして、目の前にはただ、新しい現実だけが、何食わぬを顔して、そこに存在するだけだ。
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