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朝起きて、歯を磨き、何気にメールをチェックしてから、朝食を食べる。
ポーチドエッグにクラムチャウダーのスープ、焼き上げたマフィン、それにコーヒー。
今日もタイトなスケジュールが待っている。
映画の撮影後には、TV局へ行き、神宮寺涼子主演映画の宣伝絡みの番組出演の打ち合わせ。
宣伝込みだからギャラは発生しないが、映画の宣伝にはなる。
前に涼子が出たバラエティ番組のディレクターに話を取り付ける予定になっている。
あまりに頻繁にTV局に出入りしているし、涼子が5分間の美容番組を長年レギュラーでやっているからか、事務所の社長から、出入り業者の人間が貰うTV局の入局許可証のようなパスカードを貰った。
これで局に入る時は、かってよりかなりスムーズになった。
こういう許可証は、大手新聞社に入る時用に前に貰ったことがあるが、TV局用のパスカードは初めてだ。
その後は、随分前に撮影したのにしばらくお蔵入りになっていた、涼子が出ている映画のマスコミ向け試写会に行く予定だった。
あの映画も、監督と涼子が現場で揉めに揉めて大変だったことを思い出す。
涼子の演技に対するこだわりもわかるのだが、監督の演出プランとあまりにもかけ離れた要求をしたがために、延々と揉めに揉めて、終いには、まだ映画が撮了していないのに、監督と涼子がお互い口を効かない間柄になってしまい、僕がイチイチ間に入って両者の伝言役をやるはめになった。
撮影がクランクアップした後の酒席で、年配のプロデューサーに、「昔、俳優の松田優作と長谷部安春って監督がいてさ、両方ともすでに故人なんだけど、「探偵物語」っていう、シャシンじゃないんだけども伝説のドラマをやってた時にさ、この時、二人とも前に一緒にやった「大都会PARTⅡ」っていう刑事ドラマで派手にケンカしたのもあって、イマイチしっくり行ってなくてね、結局、助監督が間に入って両者の伝言役をやってたんだけど、西園寺君、今回まさにそんな役回りだったね」
と言われて笑われた。
だが、涼子の映画が「探偵物語」のような、全くリアルタイムを知らない何世代も下の僕でも知ってるような伝説の作品になってくれるなら、伝言役でも伝書鳩でも何でもやるしかない。
疲れるが、それが今の僕の仕事だ。
コーヒーを飲みながら、ネットニュースを見ていたら、知っている顔の人間のインタビュー記事を見つけた。
IT関連の業種の会社を起業して立ち上げ、成功した若手社長のインタビュー記事。
一条雅章。
かっての、読書会のメンバー。
一条は伝統ある老舗の高級旅館の跡取りだったが、今はこうしてIT企業の社長になっていた。
雅章とも幼稚舎の頃からの知り合いだが、読書会が無くなってからは一度も会っていない。
だから何故彼がIT企業の社長になったのか、まるで知らない。
昔から思慮深いタイプだったし、それにいかにも高級旅館の跡取りという感じの、しなやかで、粋な美男子だったが、今も見た目はあんまり変わっていない。
かって栄華を誇った、あの伝統ある老舗の高級旅館はすでに閉館し、今では廃墟同然の建物として心霊スポットになっている。
あの大きな、憧れの、瀟洒な高級旅館はすでに無く、もはや全てが終わっていた。
全ては、ただ終焉後の時を生きているにすぎないのだ。
雅章が今輝いているのかどうか、それは僕にはわからない。
だが雅章は、あの栄華を誇った伝統ある高級旅館が廃墟となるのを見届けた後、今、逞しく生きている。
たぶん、もう、土曜日の読書会のことも、廃墟と化した高級旅館のことも、全て忘れ去ってしまっただろう。
それでいいのだ
それでいい
もう全ては、終わってしまったのだから。
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