その工場は夢を見る

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 急に背筋がぞくっとして、空気は生暖かいのに寒気を感じた。その感覚は体で感じているものじゃない。心に何かが、染み込んできていた。 「い、いやだ」  思わずアジロは頭をかきむしった。それでも治まらないとわかると、何かを振り払うように手をばたつかせた。何かが迫ってきている。なんとかしなければという焦りがアジロを襲った。 「なんなんだよ、いったいなんなんだよ!」  気がつくとアジロは叫び、走り始めていた。自分でもわけがわからなかった。何かしていないと気がおかしくなりそうだった。何をすればいいのかもわからなかった。ただひたすら余裕を失っていた。まともな思考ができなくなった。白い空気の中をアジロは狂ったように走り続けた。自分が自分でなくなっていくのを感じてアジロは恐怖した。やがてそのことすらもわからなくなった。  アジロは急に立ち止まったかと思うと上を向き、そのまま糸が切れたかのように仰向けに倒れた。  アジロの表情には力がなく、目や口が無気力に開いていた。さっきまであれだけ走っていたのに呼吸は不自然なほど浅い。  アジロは光の中に沈んでいく。  とうとつにアジロは、微笑んだ。その表情は恍惚と言ってよかった。あたたかくも甘い空気に包まれて、堪え難いほどの幸福感に襲われた。わけもなく夢と希望が溢れてきた。  白い空気の向こうに大きな黒い瞳が浮かんでいた。それがこの幸福をもたらしている精霊ユメミカゲなのだと、アジロにはなんとなくわかった。あれに魂を喰われることが幸福なことのようにアジロには思えた。そうすればあれとひとつになれる。あらゆることが幸福に思えて、もはや何が幸福なのか、アジロにはわからなくなっていた。
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