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翌日になって学校からの帰り道、アジロは今日も湖の道を歩いて帰った。
その途中でアジロは、見覚えのある人がいることに気がつく。
ニイザだ。
ニイザが湖のほとりに立ち、島の工場を見つめていた。ハルジオの姿はなく、彼女はひとりのようだった。
道なりに進んでいくとニイザの脇を通ることになる。アジロは彼女に話しかけようか迷いながら近づいていった。一昨日会ったときには、ニイザはまったくしゃべらなかった。話しかけられるのが嫌いなのかもしれないし、もしかしたら無視してしまったほうがお互いのためかもしれない。アジロはそう思った。
しかし予想外にも、ニイザのほうから声をかけてきた。
「あら、あなたはたしか……」近づいてきたアジロに気がついて、ニイザが言った。「アジロくん、ですよね。こんにちは、アジロくん」
「こんにちは」素通りしようとしていたアジロは、面食らいながらあいさつを返した。
「あれ、もしかしていま、無視して通り過ぎようとしました?」ニイザが顔を近づけて言う。「悲しいなあ。ハルジオとはあんなに仲良く話していたのに、わたしには冷たいんですね」
「いや、そういうつもりじゃ……」
アジロはしどろもどろになった。
ニイザは一昨日のように感情のない目で微笑んでいた。それがまさかこんなふうにしゃべるとは。彼女の声は甘くてやさしく、粘り気があり、まとわりつくような感じがした。
「ふふふ、冗談ですよ。気を楽にしてください」とニイザは言った。「黙っているときと話しているときでだいぶ印象が違うでしょう? よく言われます。でもこう見えてわたし、おしゃべりが好きなんですよ?」
「はあ」
まるで人間のようにしゃべる。アジロはそう思ってから自分の考えを訂正した。彼女は人形じゃない、人間だ。
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