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「ニイザは、こんなところでいったい何を?」とアジロは訊ねた。
「改めてあの工場を見ておこうと思いましてね」
「気に入ったのか?」
「いいえ別に」
「じゃあどうして?」
「下見ですよ、下見」
「下見って、いったい何の?」
「泥棒です。今夜にでも、あの工場から精霊石をがっぽり盗んでやろうと思いましてね」
「は?」
「冗談ですよ?」
騙されたことにアジロはムッとしてニイザを睨んだが、それを跳ね返すように彼女はにっこりと笑った。アジロは思わず目を逸らす。
「そういえばハルジオから聞きましたよ」
ニイザの言葉にアジロは視線を戻した。
「何を?」
「アジロくんの夢についてです。亡くなった弟さんを生き返らせたいそうですね」
「ああ……。そうだよ、それがおれの夢だ」
「本当に叶うと思っているんですか?」
ニイザの甘い声がアジロに絡み付いた。
彼女が何を言っているのか、アジロは理解するのに少し時間がかかったが、やがて「当たり前じゃん」と言い返した。
「無理ですよ、そんなの」ニイザはためらいなく言う。「死者は決してよみがえりません」
「そんなこと、なんでわかるんだよ」
「わかるもなにも常識でしょう?」
「いまの常識がずっと同じとは限らないだろ。常識は覆るし、だからこそ夢がある。それに精霊に常識は通用しないんだ。精霊師になって精霊の研究を続ければ、いずれは人を生き返らせる方法だって見つかるはずだぜ」
「それなんですけどね、だいたいアジロくんには精霊が見えるんですか?」
「見えないよ」
「話しにならないじゃないですか。精霊師には精霊が見えるという、いわゆる霊質が強い人でなければまずなることはできません」
「だけど、あとから精霊が見えるようになることもあるって、本に書いてあったぜ」
「その本にはこうも書かれていませんでしたか? 後天的に見えるようになるのは非常に稀なケースである、と」
「その常識だっていつ覆るかわからないだろ。日々技術は進歩しているんだから」
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