同居人の料理は美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

俺は待つのが下手だ

　バイトから帰宅した盛山を迎えたのは、カレーの香りに違いなかった。しかし知らない香りだ、とも思った。
　細川の作るカレーは二回しか食べたことがないけれど、それでもこんなにスパイシーで深みのある香りではなかった。もう少しフルーティーな香りが漂っているカレーだったはずだ。

　キッチンを覗くと、蓋のされた鍋の中には確かにカレーが存在していた。どうやら数時間前まで細川は家に居たらしく、鍋は温かかった。お米も炊いてくれている。盛山はすぐにでも食べてみたかったが、念のためにカレーを再加熱した。

　リビングに荷物を置いていると、テーブルの上に書置きを見つけた。
　細川の生み出す、ミミズがのた打ち回ったような字を解読するのは、本人以外には困難であるはずだった。恐ろしいことに、盛山は頑張れば解読できるようになってしまったのだ。

『バイトから帰ってきた盛山へ。カレーを食べ終わったら素早く冷ませ。ボウルに氷水を張って、鍋を入れろ。そして冷蔵庫に入れろ』

　細川は食中毒を心配しているのだろう。そっけない文面に微かな思いやりを感じる。
　カレーをご飯にかけ、テーブルに持っていき手を合わせる。細川はやはり隣にはいない。それがこの上なく落ち着かない。

「いただきます」

　慣れない香りにも戸惑いを感じつつ、これはこれで美味しそうなんだよな、と盛山は気を取り直して一口含んだ。
　やはり美味しい。それは間違いない。しかし、カレーの奥底深くに微かな苦味を感じる。ただ、その苦みは不快なものではなく、カレーの味を引き立てている。細川が、リンゴでなく何か別の隠し味を入れたに違いなかった。

　何を入れたのか、本人に聞いてみたい。食べ終わって手を合わせた後、細川にメッセージを入れてみたが、その日のうちに返事が来ることはなかった。