同居人は料理が上手い

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同居人は料理が上手い

「オレ、お前がなんか食べてるところ見るのが好きだわ」  盛山健が大学から帰宅して晩ご飯のポトフを食べていると、同居人の細川賢太郎がそう話しかけてきた。  盛山としては返答に困る。ものを食べている以外の俺は好きじゃないのかと怒るのも、具体的にどこが好きなのか問うのも憚られる。 「へえ、物好きだな」  これが精一杯の答えである。  盛山はF大学の一年生で、実家が遠方のため大学から地下鉄で三駅先に下宿している。1Kで洋室は九帖。一人暮らしにはゆったりした広さだったはずなのだが、人生何が起こるか分からないものだ。同じ大学に通う細身長身の茶髪男子大学生と二人暮らしなんて。  盛山の同居人の細川賢太郎は、料理が上手い。何か料理を食べたいと思ったとき、その欲求を細部まで具現化することが出来る。  細川は実家で家事を任されていた時期があるらしく、大してこの能力を誇らない。しかし、必要に迫られて会得したとはいえ、これが特技であることに変わりはない。  もしかして、細川は料理を褒められたかったのかもしれない。だから先に、盛山に好意的な言葉を投げかけたのではなかろうか。ものを食べてるお前が好きだ、というのが褒め言葉であるかどうかはこの際置いておく。 「俺も細川の作るご飯、好きだよ。美味いし」  盛山は、細川の努力と向上心に敬意を示している。これはおべっかでもなんでもなく、盛山の本心だ。  盛山は食べることが大好きだ。そのくせ、皿洗いさえできないレベルの不器用で、料理なんぞまともに作れない。高クオリティの料理を安定的に作って提供してくれる細川は、盛山にとってかけがえのない存在なのだ。 「そりゃどーも」  細川は口角を少しだけ上げていた。やはり褒められたかったのか、と盛山は独り合点した。
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