お口に合わなくて・・・

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 警戒心というものが完全にとろかされてしまって、経盛はいそいそと庵の中へと進んだ。しかし、鍋が温められる囲炉裏の前に先客がいるのに気づき、はっと現実に引き戻される。なんだ、旦那がいたのか。 「おや。もう一人お客さんですか」  その囲炉裏前にいた男、坊主のように墨染の衣を着た短髪の男はにこっと笑った。おや、こいつも客か。経盛はちょっと期待値が戻る。 「山道を進んでいたら遅くなりまして」 「おや。それは拙僧と同じですな。私、夜刀と申します」 「やと?変わった名前ですな」 「ええ。坊主というより陰陽師のような生業をしておりますでな。そんな名前なんですよ」 「へえ。私は麓の村に住む源経盛です」 「ほう。それはそれは。立派な武家の方ですな」 「いえいえ。立派なんてものでは」  謙遜しつつも、ちょっと嬉しかった。一応はこの辺りでも大きな武士団の一員だ。棟梁は父親だがいずれ自分が継ぐ。だから、顔は笑顔になっていた。 「久々に賑やかな食卓で嬉しゅうございますわ。さ、経盛様もどうぞ」 「あ、ありがとうございます」  夜刀の横に座り、女から酒を杯に注いでもらった。女は紅葉という名前だという。 「色々とありましてね。世を儚み、こういう暮らしをしておりますの。でも、まだ俗世間に未練がありまして、出家とまでは」 「そうですよね。出家というのは生半可な気持ちでやるものじゃないですし」 「そうなんですの。だから、少々考える時間を置こうと思いまして」 「なるほど」
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