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朝ごはんを買いにいくのはもう仕事だと思っている。仕事がないから何か仕事って名目がないと落ち着かないのだ。
ヤクザに脅されてるもんね。
「法律で裁けない問題を解決します」の事務所に来た当初よりはっきりと脅されてる。
逃げる算段なんて出来ないくらいガッチリと身辺を固められている。
そう思い知らされた。
だから仕事をするのだ。何でもいいからするのだ。
したいのだ。
今の所自炊は出来てないけど今度道具を揃えて(せめて包丁)カレーくらいなら作ってみようとも思っている。
事務所の階段を降りるとピュッと鼻先を通り過ぎた北風に身を縮めた。
近くのコンビニまで走っていくと湯気を上げる大きな容器に目が止まり、朝食はおでんに決めた。
お出汁に浸して食べればいいから食パンも買っておく。健二は口に入れば何でもいいらしい。
絶対に文句を言わないのは楽だけど、量が少ないと空だってわかっている冷蔵庫を何回も開けるからウザいのだ。
予備にカップ麺も買い揃えて事務所に帰ってくると……。
何故だろう…さらに濡れた健二がテーブルに片足をあげて変なポーズを取っていた。
「おかえり」と微笑まれて後ずさりをした。
何をしているのかわからないけど嫌がらせには違いない、何よりも濡れた白シャツから透けて見える生生しい乳首に殺意を覚えた。
健二は不死身だからね。
丁度いい所にゴミ袋があったから被せて下をぎゅっと縛った。
何故怒らないのか不思議だけど健二は何もなかったようにモサモサとビニール袋を破いて不思議そうな顔をした。
「葵……」
「何ですか?」
「何か言うことはないのか?」
言う事……
そっちこそあるだろうと思うけど、何か言って欲しいなら何かあるのだろうと考えた。
タオルを渡した筈なのになぜまだ濡れているのかを聞いて欲しいのだろうか。それともこれ見よがしに足を上げてたって事はブーツ?
まだ窓の外は薄暗いくらいの早朝なのに、随分と早起きをしたのか、黒いスキニーパンツを丁寧にインしている。
普段はダラダラしてる朝とか、マッタリしている昼間とか、夜とか……つまり外出しない時は靴なしで事務所をウロウロしている。
それはやめろと椎名に怒られてルームシューズみたいな物を買ってきたけど結局何も履かないのだ。
健二が履かないからつられてこっちも履かない。
今も階段を上がって事務所に入った所で靴を脱いだ。褒めて欲しいなら一応褒めてみる。
「新しいブーツ……を買ったんですか?」
ムッと眉を寄せた健二は「違うよ」と口を尖らせた。
「じゃあ髪を切ったとか染めたとか?」
「切ってないし染めてない、お前毎日見ててわかんねえなのかよ」
「じゃあ何なんですか」
謎々は嫌いなのだ。
面倒臭いのだ。
付き合ってられないのだ。
熱々を持ち帰った筈なのに変な問答でおでんが冷えてしまう。どうせなら熱々が食べたいから電子レンジに放り込んだ。
そして、その次の日だ。
朝起きたらまた健二がいない。
嫌な予感を胸に抱えて事務所へ行くと……。
今度は上半身裸でソファに寝転んでいる。
そして半目でこっちを見てる。
動いたら追ってくる。
気持ち悪いから新聞紙をそっと掛けるとパンっと弾いてふう〜っと溜息をついた。
いや、それはこっちだろ。
もう何だか怖いから朝ご飯を買いに遠くの……出来るだけ遠くの店まで旅に出ようとすると、朝飯はあると止められて「好きだろ?」と言って生ハムが出てきた。
生ハムって美味しい。
生ハムは好きだ。
椎名に連れて行ってもらったイタリアンレストランで食べたら塩気が絶妙で凄く美味しかった。
しかし知っている生ハムとは形状が違った。
本来はそういう物なのかもしれないけど……どうなのだろう、その生ハムは動物の足そのものだった。
こう……狩猟民族が噛り付いていそうな骨つきの「肉」なのだ。
「これは?……あの……切るんですよね?」
でも包丁なんか無いのだ。
嬉しいだろ?って……嬉しいけど、お腹いっぱい食べれそうだけど触ってみると硬い。
どうしたかって?
瞬間接着剤が固まってガタガタと起伏が付いたカッターナイフで削ぎ落として食べたよ。
最初は白身ばっかりで記憶にある色味の「生ハム」まで到達するには時間が掛かったけど食べたよ。
生ハムだけじゃ塩辛いから食パンに挟んで食べたよ。骨を持って噛り付いている写真も撮ったよ。
勿論美味しかったよ。
次の日も健二の変は続いた。
濡れてたり裸だったりの次はダメージの入ったジーンズ、ゴツいブーツ白いVネックのTシャツに革ジャン。そして何故か室内でヘルメットを被っている。
また何処かからバイクでも借りてきたのかと思って「行ってらっしゃい」と言うと何故か怒ってヘルメットを脱いでしまった。
その後は掃除する目の前をウロウロされて、やはりこれには何かあると確信した。
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