H.M.K

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網の上ではジュージューといい具合に焼けた肉が脂を落としてる。 よく焼いて欲しいっていつ見抜いたのか、椎名は肉の裏側を確かめて、「よし」と確認してからあっさり塩ダレの中にそっと落としてくれた。 元々の議案だったセンマイは、健二が食べる以外は網の上で炭になってる。「新たな物に挑戦」は持ち越しらしい。 本性を見せて無いだけだと思うけど、椎名は何でもよく気が付いて結構優しい。 まだ「童貞」とか「可愛い」をやめない健二を殴って欲しかったが、椎名は健二にも優しいのだ。 このまま身長の事とか可愛いとか続けられると堪ったものでは無いので、無理矢理話題を変えた。 「あの、せっかくなので仕事の話をもう少し聞いてもいいですか?」 「葵くん、そんなに頑張らなくていいよ、今日はゆっくりして話は明日にしたら?」 「いえ、俺が聞きたいんです」 依頼が重なって健二一人では手が回らないと聞いた。もしかしたら寝る暇も無いから事務所に住めって言われたのかもしれないのだ。 仮眠仮眠で潰れる心配をしなければならないのなら、いまのうちに覚悟をしたい。 ……って俺。やる気になってるよ。 「今抱える案件はどの位あるんですか?」 「ストーカーの件は知ってるよね?」 「はい」 「もう一件は暴走族の駆除かな」 そこまで言った健二は、わかった?と確認を取ると満足そうに笑ってまだ赤く見える肉を口に入れた。 「………………それから?」 「ん?…それだけ」 「それだけ?」 嘘だ。 2件? 「解決の期限が明日中とか?」 「期限は無い」 健二の言う事はあてにならない、椎名の顔を見ると、「そうだよ、大変だろう?」って表情で頷いた。 この2人は世の中を舐めているのか? 暴走族の依頼書は見ていないが、ストーカーに困ってる依頼者は20代だった。それに、どんなに高額な依頼料でも600万って事は無いだろう。 月にどれくらいの依頼があるのか知らないが、事務所の維持費、男二人の給料、仕事は健二が1人でやっていると聞いたけど、椎名が関わっているのだ。「みかじめ料」とか「上納金」のようなお金も払わなくてならないと思う。 だってヤクザだもん。 つまり俺の給料は、ごく微量か無いに等しいと見た。利子だけを払い続けて一生隷属って運命が見える。 「付け足すとさ」 もう付け足さないで大丈夫です椎名さん。 よくわかりました。不幸臭を嗅ぎ取るのは得意です。 「健二は「女子」が苦手なんだよ」 「……は?」 何の話だと思ったら………何の話だ。 「それは……どういう意味で?」 「実は明日の昼過ぎに依頼者の赤城さんが作戦会議に来てくれるんだけど、俺も付きっ切りって訳にはいかないだろう?だから葵くんはその辺をサポートしてもらえると助かる」 女子が苦手? 真正面に並ぶ2つの顔は高さが揃ってる。 そして何だか二人共似たような形状をしているように思う。 それは目が2つと鼻と口が一個ずつ……とかじゃなくて、もし二人が服を交換したら気付かないかもしれない。醸し出す雰囲気が違い過ぎるから見分ける自信はあるけど、それは今の所だ。 椎名がイケメンだと仮定すれば、きっと健二もイケメンの部類だと思う。 そしてチャラい。 如何にも女にだらしそうなのに、女子が苦手って………それに女子が苦手って事は健二は童貞だろ。童貞は自分じゃん。 よっぽど顔に出したのか、考えている事を読まれたのか、椎名が「健二は童貞じゃ無いよ」と付け加えた。 うん、そうでしょうね。 頭の中で散々罵っておいて何だけど、その情報はいらない。 「女子が苦手だからって言っても仕事でしょう?そんなに支障がある程なんですか?」 「うん、何でだろうなー、年上は平気なのに若い女子の前だとカッコつけすぎって言うのかな、お前は意識し過ぎなんだよ」 「意識してるつもりは無いんだけどさ……」 「ガチガチになるもんな……まあ葵くんは聞くより見ろ……だな。明日になったらわかるよ」 パチンっと眉に近い目がウインクをして「楽しみにしろ」って言われても「はあ……」しか出てこない。 それにしても……椎名と健二は俺が「法律で裁けない云々」の手伝いを真面目にすると信じて疑ってない。 どうやら逃げ出すのはそんなに困難な事じゃ無いように思うし、逃げる準備はしておくけど、健二の仕事を手伝うかどうかは仕事を見てから決めればいい。 何せ今夜は寝る所が無いのだ。
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