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そう父は死んだ。
半月程前の週末、雨の夜だった。
父の遺体を確認するようにと、警察から連絡があった。
「とうとう」と「やっと」が同時にやって来たが何の愛惜も思い浮かばないのは、その時も今も同じだ。
食べかけだった夕食を普段通りに食べ終えて片付けをした。皿を拭いて小さな棚に戻す。
ゆっくりと風呂に入ってからそろそろ行こうかな………なんてのんびりしたせいで、どこからそんな情報を得るのか………。皆さんご存知ありとあらゆるろーん各社の使者、つまりは借金の取り立てが押し寄せた。
薄汚いアパートには靴下一枚にだって未練は無い、警察に行くからと言って借金取りを振り切り、その足で随分遠くまで逃げて来たつもりだったが、こうして見事に捕まった。
普通の誰かにこの話をすればきっと不幸っぽく聞こえると思うけどそうでもないのだ。
父はそこにいるだけの人だった。
ただそれだけの人だ。
だから真面目に取り合わなくていい。
「あの……お話はわかりましたが、俺は成人しているし、あの人はもう関係ないんです。一応血縁ではありますが、相続を放棄すれば返済の義務は無いものかと……」
「あれ?」
「はい、22です」
「あれれ?ボクは22なの?」
「はい」
「じゃあどうしてわかんないかなぁ」
どうしてって聞かれても言ってる事は正当だと思う。
父には真っ当に面倒を見てもらった記憶も無ければ愛も温情も無いのだ。しかも死んでるし、そもそも親の借金を払う義務なんて子供にはない。
遺伝子を分けてもらっただけの関係でなけなしの腎臓は売れないだろう。
「あのですね、俺は父の連帯保証人になった覚えもないし、大体幾ら借金があって返済がどうとか利率がどうとかそんな書類も無いですよね?」
「うん、そんなもん無いね」
「では法的に見て何を根拠に俺の内臓とか目とかを請求するんですか」
「ふうん」と顎に手を当て、ジッと見てくる目は何故か笑ってる。ザリザリと髭を撫で一瞬……
一瞬だけ、愛想の良かった銀の男の目に本性っぽい嘲りの色が浮かんだ。
「ボクは見た目よりも賢いね」
「ありがとうございます」
「でもさ、どうして真っ当に法律が適用されるとか思ってんの?」
「え?でも…」
よく知らないけど普通なら借用証書とか何かあるだろう。Vシネでは伝説の闇金業者も貸付証書を出してる。
「その顔は安岡リキ●でも思い浮かべてるんでしょう、それともウ●ジマくんかな?」
ウシ●マくんです。
答えて無いけど銀の男には通じたみたいだ、嬉しそうににっこりと笑った。
「まあ、色々あるとは思うけどねさ、ボクのお父さんはね、あちこちに借金があって、もうどこからも借りれなかったんだよ、だからうちみたいな法外の闇金からお金を借りたんだけどさ、それは残念ながら社会通念は適応されないんだよ」
「では……」
「アディー●法律事務所とかに行っても無駄だよ、法は関係ないんだ、俺達はどんな手を使ってでも貸した金は回収する、もう一回言うよ、逃げても隠れても無駄」
うん。詰んだ。
逃げても無駄なのはよくわかってる。
今回、住んでた町から他府県に逃げたのにこうしてつかまってる。
「あの…」
「ん?やっと理解してくれた?もう一回病院の説明聞く?ボクは若いからそれなりの値段はつくと思うけどさ、それでも足んないんだよね、その後の事は相談に乗るよ、何でも言ってね」
「いえ、それは結構です。それよりずっと気になってるんですが、俺は子供じゃない、「ボク」って言い方をやめてもらえませんか?」
この場面で言う事じゃ無いって分かってるが、連発されてどうしても我慢ならなかった。
同い年の奴より、若く見える自分の見た目は認めるが、仮にも22の男に向かって「ボク」は無い。
でもやっぱりタイミングが悪かったらしい。
チンピラ風味100%、成分無調整のヤクザ男は気分を害したのか、ずっと顔に貼り付けていた優しげな微笑みを解いた。
よし。
逃げよう。
無駄だと諦めるよりまず逃げてみよう。
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