力技

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誰が行っても無駄だと思うけど、仕事なのだから上司(?)の健二が行けと言うなら行く。 作戦はこうだ。 ──俺は以前から野田が今いる部屋、「グランメゾン誠」201号室に住もうと決めていた。そう思い込んでいたって設定。 何でって? 設定なのだから細かい事はいい、201に住みたかったのだ。 後は成り行きでアレンジ。 うん。絶対に無理だと思う。 「行け」と健二に背中を押されて、無理だと思いつつも行く。不動産屋の自動ドアをくぐると、満面の笑顔が迎えてくれた。 「いらっしゃいませ」と立ち上がった丸顔の不動産屋はいかにも反社会勢力の「鴨リスト」に乗っていそうだ。 これは行けるかもしれない……と安直な期待を胸に、店先に並んであったチラシをカウンターの上に乗せた。 「あの、このチラシにあるグランメゾン誠なんですけど聞きたい事があります」 「ああ、305号室ですね、内見に行かれますか?、ここから歩いて行けますし、今すぐご案内出来ますよ、条件を言ってくだされば他にも多数の物件をご紹介できますよ」 「いえ……僕は……」 僕………は非常に嫌だったが健二にこれは守れとしつこく説得された。「若く」見えるビジュアルを利用しろって事だと思う。 如何にも無害そうな印象操作は必至、それはわかる。 人の第1印象というのは、一度そう見えてしまうと覆すのは困難なのだ。 その中で言葉遣いは重要だ。 幾ら優しくされても、いつも笑っていても「腎臓を寄越せ」と言った椎名を信じたりは出来ない。 もし銀二が、頭を丸めて農作業をしてたら何かを企んでいるようにしか見えないだろう。 だから言わなければならない事はきちんと言うが、なるべく頼り無げな声を出す。 「僕は……305に住みたいんじゃないんです」 「では……この305号室と同じ様な条件の物件を何件かお探ししましょうか?同じ沿線がいいんですよね?」 「いえ……僕は……201号室に住もうと決めてるんです」 「ああ〜ごめんね、201号室は今月の頭に別の人が入居しちゃったんですよ、でも305号室は角部屋だし一番上だから騒音も無いよ、一度見に行く?」 「僕は201がいいんです」 「いや、だから201はもう埋まってるから無理なんだよ」 「何故ですか?」 「え……と……悪いけど諦めて、ってか201に何があるの?何か大切な思い出かな?気持ちはわかるよ」 「僕の何がわかるって言うんですか、あなたが僕の何を知ってるって言うんですか」 「いやごめん、ごめん、何も考えないで返事しちゃったよ、ごめんね、でももう埋まっちゃたんだよ、ごめんね」 「僕が……僕があそこに住む為のお金を貯めている間に……」 「うん、ごめんね、でもこれだけは融通してあげられないんだ、その代わり君の希望に合った所を必ず探してあげるから……」 「こんなの変です201は僕の部屋です」 「だから201は……」 「201じゃないと嫌だっっ!!」 ドンッと叩いたカウンターの上で装飾の鉢植えが跳ねた。 「僕は201に住むんです!そう決めてるんです、おかしいです、何かがおかしい、何で邪魔するんですか、誰が邪魔したんですか、変でしょう、間違ってるでしょう!」 「困ったなあ……、、君、ご両親の連絡先を教えてくれないかな?」 「両親に何か関係が?僕の部屋です、お金も僕のお金です!」 「でもね、先を越されたんだから仕方ないだろう」 「僕が遅かったのが悪いって言うんですか?!2月分の家賃が前払いなんでしょう?!時給980円で毎日5時間とか6時間入っても2ヶ月かかるでしょう?!遅いと言われても無理でしょう!僕が悪いんですか?!」 「いや、悪いとは……」 「いつ?!いつなら間に合ったと?!」 「え〜……と……」 「いつっ?!!」 「…………こ………ここ今月の2日……かな…」 「何時何分何秒っっ?!!!」 「秒って……」 「何秒?!!!」 「びょ……秒まではわからないけど……」 不思議だけど……何だろうこの気持ち。 どうしても201号室に住みたくなってきた。 どうしたと言われても住みたいのだ。 201しか嫌だ。 目が血走っていたと思う。 思いの丈を詰め込んだ力押しの迫力に、丸顔の不動産屋は男らしくポッキリと折れて何も言わずにパソコンを操作した。
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