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「葵……?」
ドアを開けたのは健二だ、隙間が見えた途端に滑り出て一気に加速した。
ドアの前には椎名がいる、じゃあ残るのは窓だ。
椎名が伸ばした腕を避けて窓に飛び付いた。
「葵?!」って健二の声が聞こえるけどごめん。
サヨナラとか楽しかったよとか言ってる暇は無い。
鍵を開けてガラスの冊子を跳ね開ける。もう飛び込むしか無い。上手く着地出来なくても生きるチャンスはこれで最後だ、死んだら死んだで世話になった礼としてあらゆる内臓をくれてやる。
誰かの役に立てますように。
バッと空に向かって身を投げた………。
……筈が足が何かに引っかかった。
「うわあ!!」
目前に迫り来るのは地面じゃなくてビルの外壁だ、反射的に体を丸めると、肩と頭を強かに打ち付けて目の中に火花が飛んだ。
「………」
死んだ?
うん。死んだ。
色んな意味で死んだ。
逃げ損なったのだ。
目の前が赤い。痛くて体に力が入らない。
何だか何もかもがどうでもよくなってきて、宙吊りになったままダランと体を伸ばした。
ズルズルと体が引き上げられて行く。最初はタイミングの遅れた足がどこかにひっかかったのだと思ったが、どうやら違う。多分だけど健二辺りに足を掴まれたんだ。
あいつの反射神経は半端無い。
そして一番の敗因は鍵を開けた事。
ガラスをぶち破って飛び出せば、幾ら健二でも間に合わなかったと思う。
案の定、事務所の天井が見える頃、眉を顰めて覗き込んでいる健二の顔があった。
その隣には椎名もいる。
「やっぱりいたんだね」って笑いたいけど頭と肩が痛くて笑えない。そんな中、心配そうにオロオロしている健二に対して、椎名は吹き出しそうな顔をしていた。
「笑う……な」
「葵……無茶をするなよ、さすがに俺もビックリしたぞ、痛いか?」
痛いかと聞かれたら痛いけど男だから痛いとは言いたく無い。だから答えは決まってる。
「痛くない」と答えると、とうとう耐えられなくなったのか、ブフッと椎名が吹き出した。
「椎名さん……笑い事じゃ無いでしょう」
「俺は用心しろってお前に言ったぞ、だから健二のせいだ、しっかり責任を取れよ」
「葵がこんな風に行動するってわかっていたならもっと具体的に注意してくださいよ、葵は危うく死にかけたんですよ」
「この子はタフだと教えたろう、ほら、文句を言うより手当が先だ、もしあんまり酷いなら病院に連れて行くから用意しろ」
「ちょっと待って椎名さん、葵が何か言ってる、大丈夫か?おい、話せるか?」
これくらい大丈夫だし、何とも無いし、どうせ死ぬのに病院なんか余計なお世話だ。
しかし何よりもこれが言いたい。
1回目は痛すぎて空振ったけど今度は言う。
「この子……」
「葵……ゆっくりでいいぞ、何?」
「この「子」って言うな、この「男」って……言え」
「何言ってんだ……お前…」
「何言ってんだ」だって?今更聞くな
やっとの事で言ったのに………
どわっと湧き上がったのは3人分の笑い声だ。
足を軸にほぼ90度の角度から思いっきり壁にぶち当たり、頭と肩が砕けたかと思うくらい痛かったのに、それを我慢して必死で言ったのに酷い。
でもこれはチャンスだとも言える。
今はみんな油断しているし、足元が空いている。
笑いが治る前だ。
足を振り上げて飛び起きようとすると、椎名は待っていたいたみたいだ。
立ち上がった瞬間にタイミングよくワシっと脇の下を掴まれた。
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