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「はい、もうそこまで。笑ったのは悪かったけどあんまり無茶をするんじゃ無い」
「……離して」
「ん〜……離せないな、ほら、瞳がグラグラしてる、つまり脳震盪を起こしてるって事だ、危ないから大人しくして、ね?」
子供を抱っこするようなスタイルはもうお馴染みだ、しかも今度は向かい合わせ。
顔の高さが同じで椎名の目に情け無い顔をした俺が写ってる。
死ぬ程嫌なのに何故だろう。仔猫とか仔犬もそうだが、釣り上げられると暴れたり出来ないのだ。
そうこうしている間に、窓の鍵を閉められて二重のロックを掛けられた。
そして事務所のドアの前に立つ銀二。
今日は銀じゃ無くて青光りするスーツだ。
よく似合ってるよ、銀二さん。
迎えに来たのかな。この調子だと…かのリゾート病院にいる看護師って深いスリットの入ったチャイナドレスか粋な着流しだろうなって思う。
「俺、死ぬの?」
我ながら情け無い声が出た。
もう笑われても何でもいいのだ、もうどうでもいいのだ。椎名の答えが怖くて目を伏せるとコツンと額が合わさった。
「何回も言うけど葵は死なない、腎臓も取らない、だから落ち着いて」
「椎名さんは翼竜会のヤクザなんでしょう?親父の借金は増えるんでしょう?それに椎名さんが腎臓を盗らなくても、ここの借金を返してる間にきっと別のヤクザに捕まるよ」
「葵は殺されたりしない、襲われたり傷付けられたり誘拐されたりもしないしさせない、俺と健二が葵くんを守る、誰にも手出しはさせないからね」
「無理だよ」
父が死んだ後、借金取りから逃げた先は県境を越えた地味な町だった、それなのに銀二に見つかり、椎名に拉致されてこの事務所に来た。
そしてこの事務所にいる事を他の借金取りにも見つかった。
誰かが「今日の葵」ってハッシュタグを付けて、Twitterにでも実況してんじゃ無いかと疑うが、ヤクザにはヤクザなりのネットワークがあるんだろうなと、推測出来る。
逃げても無駄なのだ。
「無理だと……椎名さんもわかってる癖に」
「確かに、俺が知らない他の闇金からの借金があるならまた同じような事があるかもしれないけどね、取り敢えずさっきの奴は借用書を置いていったからもう来ないよ」
「証書が無くても貸した金はかならず回収するって椎名さんが言ったんだろ、他も同じだよ」
「いや、本当の所を言うと証書は絶対なんだ、証書とか顧客名簿は融資金融の財産で宝で命だ、法が及ばないからこそ独自のルールは守る、そうじゃないと利息が十一なんて無茶が通るわけ無いだろ」
「でも」
「でもは無し、葵はこの事務所で俺達に守られて笑っていればいい、それが葵の仕事だ、わかった?」
わからない。
何故そうまでして………稼ぐ手立ても無い、大した芸もなければ、仕事だって囮になるくらいにしか使えないのに、何故俺を手元に置こうとするのか、椎名のメリットが見えない。
実は俺が何かの財宝の在り処を知っている……とでも思ってんかな?だって損得を計る為の定規しか無いのがヤクザだろう。
何だか濁されて誤魔化されているだけのような気がして落ち着けないが、もう逃げられない事だけはわかってる。
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