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手当てをするからと、背中を押した健二とベッドのある部屋に入ると「馬鹿」って頭を小突かれた。
頭打ったんだけどね。
脳震盪を起こしていると言われたんだけどね。
これくらいなんでも無いけど健二は「しまった」って顔をして、要介護の老人を扱うようにベッドの上に俺を座らせてから、信じられない話をしてくれた。
「葵……お前さ、色々誤解してる、まあ椎名さんが見るからに怪しいってのはわかるけどさ」
怪しいと言うか椎名が借金名目で拉致プラス軟禁の末変な強制労働を強いているのは事実なのだ。
色々一杯言いたい事はあるけど、今口を挟むと長くなりそうなので黙っていると、健二が「あの微笑みな」と付け加えて吹き出した。
椎名が常備しているアルカイックスマイルは何か悪い事を企んでいるとしか思えないのは誰だって同じなんだと思う。
「健二さんだって……本当の所は知らないんでしょう?」
もしくはグル。
「知らないけどな……でも葵の事はちゃんと聞いてる、今日だって葵のお父さんが作った借金を椎名が買い取ったんだよ」
「え?何で?それどういう事ですか?」
「正確に言えば、証書と引き換えにベンツのキイを渡しただけなんだけどね」
「キイって……渡したって…」
益々謎が深まるばかりだ。
「ベンツって幾ら?親父の借金って幾ら?」
「気になるのはそこか」って健二は笑ったけど、気になるよ。車の値段なんて知らないけど多分だけど、腎臓一個じゃ買えないよね?60万って事は無いよね。
「ひゃ…100万円とか?」
「ベンツの値段は知らないけど、借金額は利子込みで60万、だけど安心しろ、椎名さんはピュアに搾取されたりする人じゃない」
「でもベンツを取られちゃったんでしょう?」
「そこな、さっきの奴みたいに暴力団が飼ってる最下層のチンピラって大概は組には入ってない。あの年で取り立ての噛ませ役してるんだから間違いない」
「……だから?どうだって言うんですか」
「椎名は車のキイを渡して「好きにしろ」と言っただけだ、売却は出来ないし、ああいう奴はアホな癖に虚栄心の高い奴が多いから恐らく上に言わないまま喜んで乗り回すな、まあ……もしかしたら闇市場で売っぱらわれる事があるかもしれないけど多分そんな事出来ないし、しない」
「車は無くなったんだから同じじゃない?」
「だから盗難届を出せばいい、こんな場合こそ法律が守ってくれる」
「へ?」
「じゃ無ければ銀二さん辺りが盗んで来るんじゃないか?多分3日後には戻ってるよ、何にせよ借用書を簡単に手放した時点で愚かなあいつの負けだ」
「酷い……」
悪辣、陰険、性悪、さすがヤクザ。
法を盾にとって悪用するってこの事だ。
椎名ってやっぱり28歳じゃ無い。
歳を誤魔化しているんじゃなければ、きっと生まれた時から28歳、10年後も28歳、28歳3回目、28歳のベテランだ。
しかしだ、だけどだ、健二の話をよく噛み砕くと、これは「ああ、良かった」と大団円で終わるような話じゃ無い。
椎名はクソ親父の残した借金と車を交換したのだ。
つまり借用書は椎名が持ってる。
つまり俺の借金が増えたって事だ。
600万たす60万…660万、6ばっかり。
この際だから後6万増えないかなって思う。
椎名の笑い顔が浮かぶ。ニッコリからニンマリ、ヌラーと吊り上がった口角が裂けて、フハハハハって魔王みたいに笑ってる。
益々何を考えているのかわからないし、椎名が何者で何がしたいのかもわからない。
「良かったな」って呑気に笑ってる健二は夢の国のお花畑に住んでる妖精って所だ。めでたい奴。
「もうこの話はいいだろ、葵、シャツを脱げよ」
「身ぐるみを剥ぐんですね?安いですよ?貰い物ですよ?ついでに言えば血が付いてます」
「何言ってんだ、お前怪我をしてるだろう、あんまり時間を掛けると椎名に病院へ連れていかれるぞ、まあ、行った方がいいと思うけど、どうする?」
「俺は保険証無いんで……病院は診てくれません」
「保険証が無くても実費を払えば診てくれるよ、何せ頭を打ってるからな、吐き気はないか?本当にビックリしたわ、二階だぜ?頭から飛び込むか?」
命が掛かれば誰だってそうすると思うけど、健二ならもうちょっとスマートにやり遂げたかも。そう考えると、何だか悔しくて黙ってしまった。
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