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第2話 知遇を得る
彼の視点
キーンコーンカーンコーン
「よーしこれでホームルームも終了や! みんな寄り道もほどほどにやで! ほな、また明日元気でな!」そう言って担任はささっと職員室へと帰っていく。僕ものんびりとはしていられない。隣の姫里の方へと向く。
「姫里、約束の学校の中を案内したいと思うんだが、時間は大丈夫か?」昼から心ここに在らずな姫里はその言葉で我に帰ったようだ。
「あっはい! よろしくお願いします」
「んじゃ俺も付き合わなくっちゃな」宮前が絡んでくるのは想定していた。だがもう1人僕たちに近づいて来た。
「アタシも付き合わせてもらってもいい?」同じクラスの女子、天野もそう言って来た。あまり僕は話したことはないが、たしか昼休みに僕が戻ってくるまで姫里と仲良く話していた。
「僕はどっちでもいいが...」視線を姫里へと向ける。姫里はコクリと頷いた。
「ならみんなで行こう。たくさんいる方が楽しいだろう」僕はそう結論付けた。
こうして学校探検の即席パーティが出来上がった。
教室を出ると、さっと宮前が前に出た。「さあて、皆さま。白縄(しろなわ)高校行き、宮前バスツアーをご利用いただき誠にありがとうございます」天野からの「バスに乗った覚えはないぞー」の言葉にも負けず宮前は続ける。
「ただ今我々が出てきたのは数ある教室のうちの1つ2-2でございます。クラスは1学年に3つ、我が高校は3学年ですので、この学校には合計9クラスがひしめき合っているのであります。上が1年、下が3年と若いものほど苦労する設計であります。ではそれぞれの特色について語りながら次の場所へと参りましょう」そう言って俺たちを先導して行く宮前。途中、1-1には伝説の番長がいるだの、3-2には後光がさすほどの美男がいるだの、本当か嘘かわからないことをいろいろ聞かせてくれた。僕も天野も宮前と同じだけこの学校に通っているはずなのに、2人して「そうなのか」という反応しかできなかった。
クイッっと袖が引っ張られる。姫里だ。
「宮前さんって色々とご存知なのですね」と純真に聞いてくるから
「話半分に聞いておくといい」と処世術を授けた。
そうして歩き続け階段をはさみ、職員室へとたどり着いた。
「ここは職員室であります。我ら迷える子羊に未来を教授する先達たちの巣窟なのです。皆頼れる猛者たちですので、ヒメさまも何か困りごとがあればご相談あれ」かしこまった態度を続けたまま宮前が説明する。「この中には総勢40人もの先生が居りまして、それぞれ担当科目に分かれて日々精進しております。我が校の教師にはハズレなしで有名であります。先生の個別紹介はまた後日、それでは次に参りましょう」宮前がまた進み始める。
そんな調子で色々なところを回った。
図書室、食堂、体育館、武道場……広いこの学校は回るだけで日が傾いてしまった。
伸びていた影が闇夜に紛れ始めて時間の流れに気がついた僕は「結構時間が経ったな」と腕時計を見ながら皆に伝えた。
それをきいた宮前もスマホを取り出し時刻を見て「うっわ、もうこんな時間じゃん! あんまり遅くなるのも悪いから今回はこの辺で終わりでいいかな? ねえヒメさん?」そう言ってこのツアーの主賓に伺いを立てる。
「ええ、そうしましょう。十分案内していただけましたし、あとは私だけでも大丈夫です」かしこまってそういう姫里に対して天野が姫里の手を握り「わからないことがあればなんでもアタシか近衛に聞いてね」と言った。
すかさず宮前が「おいおい、俺だけ外すとはどういう了見だい、お嬢ちゃん」と反応する。
「だってアンタはテキトーなこと平気で言うんだもの」
「お嬢ちゃん、鋭い!」
そうしながら4人、笑いながら校舎を後にした。
そして校門に差し掛かった。宮前と天野とは途中まで同じ方向だが姫里はどっちだろうか。
「おっそーい! ちょっと信一! 何してたのよ!」
突然校門の影の中から話しかけられた。
視線を向けてみると腕組みをして仁王立ちしている女の子が見えた。
160センチほどのコンクリートの校門にすっぽり隠れる小柄な体格だが、影から時折ひょこっと頭で結えた髪の毛先が尻尾のように見える。
僕の幼馴染みである日向真希(ひなたまき)である。
「真希、どうしてここに?」僕は驚きのまま声を出していた。
「昼休み言ってたでしょ! 買い物付き合ってくれるって!」確かにそんな話はした。
「あれはまたいつかって話じゃ……」
「気分が変わったの! 今日行くわよ!」
その剣幕は言外に断らないでしょうねという意思を感じさせた。
「わかった。すまなかったな、待たせて」そう真希に答えて後ろを振り返り、「そういうことになったから、今日はここまでだ。悪いな」と3人に伝えた。
「おう、行ってこい」「楽しんできてね」宮前と天野の言葉の後「あっ、えっと、案内ありがとうございました」と言って姫里は頭を下げた。
「また、明日な」そう言って僕は3人に別れを告げた。
彼女の視点
「今度からはちゃんと連絡してくれよ。待ってて足を痛めたらどうする」
「信一が気を使ってくれれば待たなくて済むのよ」
「しょうがないな、出来るだけ善処するよ」
そんな会話をされながら、遠ざかる背中をしばらく見つめていました。
急なことでなかなか思考が追いついてきません。別れ際、お礼を言えたのは我ながらよくできましたね。と今の感情とはちぐはぐなことを考えてしまいます。
「ねえ、ヒメって帰り道はどっち?」
天野さんのその言葉で私は我に帰って、指で右を示しました。
「んじゃアタシと一緒だね! 宮前も確かこっちだよね」
「ええ、お供します。お嬢様方」
「もうちょっと普通にできないの」
そうして天野さんは歩き出しました。私も慌てて後を追いました。
しばらく歩いても、先程4人で笑っていた時間は戻らず、足音と遠くに聞こえる車の音だけを聞いてただ俯いて歩いていました。
しかし私の心の中では近衛さんを信一と呼ぶあの女性がどうしても気になりました。
私は足を止め「あの」そう呟きました。
けれど彼女のことをどう聞き出せばいいかわからず、続く言葉が出てきません。
「どうしたの?」同じように足を止めてくださった天野さんが助け舟を出してくれました。この舟に乗り、荒れる心の海を旅しようと決めました。
「あの、近衛さんと一緒に歩いて行かれた女性は、誰なのでしょうか」
その言葉に天野さんと宮前さんは顔を見合わせます。話しづらいことなのでしょうか。
「あーあいつの名前は日向真希って言って、2-1の生徒だ。それで、えーっと…後何を言えばいいんだ?」話しながら宮前さんは頭をかいています。
「アタシらもさ、あんまりよくわかんないのよ。一応中学の頃から知ってはいるんだけど。あの子は、なんていうのかな、奔放かな? まあそういう感じ」そう話す天野さんの顔は歩いてきた道をスッと見据えていました。
お二人も彼女…日向さんには複雑な感情を抱いている様子でした。
でもこれだけはやはり聞いておきたいのです。
「あの…お2人はどういったご関係なのでしょうか」
しばらくの沈黙の後「あー、俺らは信一とも中学に入学した時からの付き合いなんだけど、その頃にはもうあんな関係だったな。幼馴染みってやつか。それに信一は……」
「ちょっと、何を言う気‼︎」天野さんが語気を荒げます。
「本人が公言してることだし、いつかわかることだろ」宮前さんはそう言ってひと呼吸置いて、「好きなんだとさ。信一は、日向さんのことが」
その言葉に私は頭をガツンと殴られた気がしました。
「ちょっとヒメ、大丈夫?」そう天野さんに言われて体を支えられました。よくみると、世界が少し傾いています。どうやらよろめいたようです。
「大丈夫です、ありがとうございます」と言って1人で立ちました。まだ足が少し震えていますが歩くことはできそうです。
「すまん。そこまで驚くとは思っていなかった」宮前さんは頭を下げて謝られました。
「いえ、私の方こそはしたなくてすみません。もう大丈夫ですので、さあ帰りましょう」そう言って私は1番に歩き始めました。そこに立ち止まっていては今度は気を失ってしまうかもしれないと思ったからです。
自分の都合で足を止め、自分の都合でまた歩き始める。宮前さんと天野さんには申し訳ないと思いつつ足を止めることができません。
私がこれほどに身勝手な人間だったことに、今、気がつきました。
湧きあがる嫌悪感とともにある疑問が私を悩ませます。。
一体、私はどうしてそこまで驚いたのでしょう?
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