第3話 謀事

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第3話 謀事

彼の視点 姫里が転入してきて2週間がたった。 教科書も揃い、姫里と机を並べることもなくなった。 姫里の周りも落ち着いたようで、人垣ができることはない。 けれどクラスにはなじめたらしく、休み時間になると、かわるがわる女子たちが話しかける。 その輪の中には必ず天野がいて、時折返答に詰まる姫里をうまくフォローしているようだ。中学から変わらない、思いやりのあるやつだ。 そんな日の昼休み、周りの女子と机を並べて食事をする姫里を横目で見る。心配はなさそうだ。 「もう、ずっと横見ちゃって、ちょっとはこっち見てよ! 寂しいじゃない」宮前が体を不気味にくねらせながら話しかけてくる。 「ずっとは見ていない」僕は姫里から視線を外し、弁当の用意をする。 「うそつき! いつもアタシが信一を見たって目線合わないじゃないの!」宮前が見えないハンカチを噛む。 「目を合わせたら面倒だろう」僕はそう言って立ち上がる。 「よくわかってるじゃないか!」 ガシッ! 左腕を宮前につかまれる。 「なっ、なんだよ」思わず宮前を見る。目が合う。 「よし、目を合わせたな! 面倒ごとを聞かせてやろう」宮前は特徴的な八重歯を見せて笑う。「今日の午後、俺は暇なんだ。そこでだ、街に出ようじゃないか」 「なんだ、そんなことか。いいぞ、特段予定はない」 「よっし約束だ! よかったなーヒメさん!」宮前が隣で食事をしている姫里に話しかける。 姫里は立ち上がり「あっ、はい! ありがとうございます」と僕にお辞儀をしながら答えた。 僕は驚いた。「姫里も一緒なのか?」 「別にいいだろ?」宮前はあの笑顔でまたこちらを見てくる。 「悪い訳ではないが…」 「ならもう終わり! ほれ、もう昼休み10分過ぎたぞ! 待ち人が頬を膨らして待ってるぞ、そーら、いった! いった!」宮前はいつの間にかつかんでいた手を放してサッサッと払い、追い払うジェスチャーをする。 宮前にうまくやられたことに心中落ち込みつつ、時間がないのもわかっていたので「ああ、わかった」と答えて2つの弁当箱を持ち、急いで教室を出る。 そして隣の2-1の教室を開ける。 ガラガラッ 昼休みでざわつく教室に真希の姿を探す。いない。 手近な女子たちに「真希はどこに行ったか、知らないか」と聞く。 「まき?まきって……」「ほら、日向さん…」「ああ、日向さんね。さっきまで自分の机にいたけれど…あれ、どこに行ったのかしら?」 その回答でおおむねいる場所の予測はついた。きっと屋上だ。 「ありがとう」そう伝えて、僕は階段へと足を向けた。 屋上は4階。つまり僕たちの教室がある2階からもう2階上がったところにある。僕は階段を2つ飛ばして駆けのぼる。 息は少しあがったものの、数十秒で鋼鉄製のドアにたどり着くことができた。 ドアノブを回し、押し込む。 ギィィー——— 金属のこすれあう音とともに、ゆっくりとドアが開き、春の日の光が目に入る。 屋上は、6つほどおいてあるベンチの数に似合わず、閑散としていた。 その中の一つに、足を組んで真希は座っていた。 「おっそーい! 何してたのよ!」真希は不満を隠さずにぶつけてくる。 「すまない」僕は真希の座るベンチに駆け寄り、弁当を差し出す。 「もうっ。お腹すきすぎて死んじゃったらどうすんのよ!」真希は弁当を受け取ると、すらすらと風呂敷の包みを解いてゆく。 僕も隣に腰掛け、弁当の包みを解く。 お互い弁当の蓋を開ける。「いただきます」真希と僕は一緒にそう言って食べ始めた。 「まったく、今度遅れたら承知しないんだから…」そう言いながら卵焼きを食べる。「んー! 卵焼き、おいしい!」 「悪かったよ。気を付ける」僕も弁当を食べ進める。 「わかればいいのよ、わかれば」パクパクと弁当を口に入れてゆく。「そうそう、あの子は最近どうなの?」 「あの子?」 「そうよ、あの…お嬢様っぽい子」 「ああ、姫里か。友人も増えて、楽しそうだが」女子たちと談笑していたことを思い出す。 「ふーん。あの子ってさ、絶対世間知らずよね」 「どうだろう、家柄は由緒正しいとは聞いたけれど、自分の意志も持っている、本人はいたって普通の女の子だと思う」 「いーや。あーいう子はきっと世の中が全員善人だと思っているたちだよ」梅干を口に放り込みながら真希は話す。「純真は壊れやすいんだから…誰かが守ってあげないと、崩れるの、あっという間だよ。しん―――」 ピロリン! 真希のスマホの通知が鳴る。 「あっサトシからだ! ちょっとまってて」そう言って端末を操作する。サトシとは真希の彼氏だ。 「もしもしサトシ、なになに? んー大丈夫―――」真希はそうして、時には笑いながら機械越しの相手と話す。その笑顔の度に、胸に針が刺さる。 「―――そうね。うん、楽しみにしてる。じゃあね」しばらく話して通話が切れる。 「彼氏とは、仲よくできてるみたいだな」 「サトシは優しいからね、今日も放課後、一緒に買い物に行くの」 「よかったじゃないか」この言葉に偽りはない。 「でしょ、なんか照れちゃう」とろけそうな笑顔で真希は頬をかく。「それより元の話をしましょ! えっと、何の話だっけ?」 「姫里のことじゃないか?」 「そうそう! 守ってあげなさいよ、信一」 その言葉で宮前と約束した放課後の予定を思い出す。 「ああ、そうだな」 「ん? 何その言い方」 しまった。と思った。 「いや、納得しただけだ」 「怪しい…何を隠してるの?」真希に腕をつかまれる。 こうなった真希は真実を聞かされるまで離さない。 「隠していたわけじゃない。…放課後に遊びに行くだけだ。宮前と…姫里と一緒に」 「なに…それ…」真希はキッと奥歯を噛んだような表情をして端末を操作する。 そしてそれが終わると弁当の残りをかきこむ。 あっという間に食べ終わり、弁当を風呂敷で包み「ごちそうさま!」と返してきた。 そして立ち上がり前を向いたまま「放課後、校門で待ってるから」と告げてトビラに向かって歩き出した。 ピロリロリン! 真希のスマホだ。 「もしもし、何? いいじゃない、急に行きたくなくなったんだから―――」トビラにたどり着き、きしませながら開ける。「―――そんなの、わたしの勝手でしょ―――」 バタンッ トビラの閉まる音が、屋上に響いた。 彼女の視点 私が転入して2週間がたちました。 クラスの皆さまはとても優しく、至らぬ私を優しく受け入れてくださいました。特に天野さんにはいくら感謝しても足りないほどお世話になりました。けれど、一つだけ、どうしても気になることがあるのです。 私の隣に座られている、近衛さん。近衛さんとはあの転入初日以来、ゆっくりと話すことができていないのです。教科書を見せてもらうために机をつなげていた時期もありましたが、その時も最低限の会話しかしていただけませんでした。 さみしい…のでしょうか? この感情は今まで抱いてきたどんな感情とも違う気がするのです。 「はぁ」思わず朝からため息をついてしまいました。 「おはよっ、どうしたのさ、ヒメさん。儚げなため息なんかしちゃって」そう話しかけて来られたのは宮前さんでした。 私はため息を聞かれたことを恥ずかしく思いました。 「あっ、おはようございます。宮前さん。何でもないです。すみません、お恥ずかしいところをお見せして」 「いえいえ、美少女の憂いを含んだ顔はそれだけで絵になるもの」宮前さんは胸に手を当てながら続けます。「けれどもその曇りを晴らしたいと思うのもまた男のさが。よろしければどうかこの宮前めに、その悩みお聞かせください」 きっと宮前さんは私が話しやすいようにおどけてくれているのでしょう。その思いに気を張っていた心が少し緩まり、話してみようと思いました。 「私、近衛さんがわからないんです」自分でも名状しがたい感情でしたので、意味の通らない聞き方になってしまいました。 「あー信一のことね…あいつは変なやつだから、気にしてても仕方がないと思うけど…」 「でも…」その先は言葉になりませんでした。 「結構、深刻そうだね…よっしゃ!」宮前さんは手を打ち合わせました。「俺に任せとけ!」 「どういう、ことですか?」 「信一は聞かれたことは答える奴だからさ。自分で聞いて、悩みに答えを出しちゃいなさいな」 「でも、いつ聞けば…」 「だから言ってるでしょ! 俺に任せとけって! 機会はばっちり作るから!」 私はあっけにとられました。「いいのですか?」絞り出した言葉はどうにもふさわしくないように思えます。 「いいってことさ。さあ、さっそく計画を立てるぞー! 信一は妙に感のいいとこあるから、誘うチャンスは時間に焦る昼休みだよな…誘った後は、そうだ! あまのっちも巻き込んで…」そう言いながら宮前さんは自分の席へ戻ろうとされます。 自分でもどうしてこうなったのかわからないまま、けれどもお礼は言わなければと思い「ありがとうございます!」と宮前さんに伝えました。 「お礼は、ヒメさんがちゃんと答えを出せたら聞くぜ」こちらに顔を向け、手を顎に当てながら見てきました。 「はい! よろしくお願いします!」 ため息はもう出そうにありませんでした。
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