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第4話 邂逅
彼の視点
キーンコーンカーンコーン
「よーしこれで長かった一日も終了や! みんな寄り道もほどほどにやで! ほな、また明日元気でな!」担任が相変わらずの騒がしさでホームルームを締めて出ていく。
今日の放課後は姫里と、宮前と一緒に街に出ることになっている。
ただ、休み時間にその話をしようとすると、2人に天野が話しかけてくるので、結局真希が参加することを伝えられずにいた。
「よっしゃー! 待ちに待った放課後だぜ、ご両人! 準備はいいか?」宮前が立ち上がりつつ、こちらに向いて語りかける。
「はい!」元気よく返事をする姫里。
「わかってる、ただ―――」僕が真希のことを伝えようとする。
「はい、はーい! アタシも行きたい!」と天野が突然入ってきた。
「あまのっちも行くか! いいぜ!旅は道連れってな。信一、いいよな?」宮前が聞いてくる。姫里に聞かないあたり、この流れは計画のうちのようだ。
僕は内心、頭を抱えた。天野は真希と相性があまり良くない。数回しか顔を合わせていないはずだが、口喧嘩をしている所しか見たことがない。
だからと言って、天野も楽しみにしているのだろうから断るのも申し訳がない。
悩んだ末、僕は正直に伝えることにした。
「天野が参加することには異存はない。ただ、真希も一緒に行きたいといってるんだ」
その言葉で姫里以外の顔色が変わる。
「あー日向さんか…」と渋る宮前はまだましな方だろう。問題は…
「エーーッ! なんで? どうしてそうなったの? 絶対めちゃくちゃになるじゃない」と天野は案の定反発してきた。
「すまない、何とか一緒に行けないか?」2人に向かって頼んでみる。
「んーでもなあ…日向さんは…」
「やめておこうって、近衛! まともに楽しめないよ」
どちらも気乗りがしなさそうだ。
仕方がない、3人には申し訳ないが、僕が一緒に行くのをやめて、真希と街に出よう。
そう思って姫里を見ると、視線を感じたのか僕を見て、にこりと笑った。
「姫里は、どう思う?」その笑顔をみて、思わず聞いてしまった。
「いいですよ」姫里はあっけなくそう答えた。
「ちょっと、ヒメ! 何言ってるの! 日向さんは―――」天野がつかみかからんとする勢いで姫里に迫る。
「あまのっちは燃え上がりすぎだって、ちょっとこっち来て」そう言って宮前は教室の外へ天野を連れ出す。
僕は姫里に向き直る。
「本当にいいのか?」
「ええ、たくさんいる方が楽しいじゃないですか」姫里は穏やかにそう言った。
その言葉には僕が忘れてしまった純真さが満ちていた。
「真希は、根はいい子なんだ。ただ誤解されやすいんだ」
「そうなのですね、ならいいお友達になれそうです!」朗らかな顔からの言葉は掛け値なしに思えた。
真希のことを知らないから出た言葉なのかもしれない。けれど、その笑顔を信じてみたいと思った。
「ありがとう。ぜひなってくれ」
「はい!」
そうしていると2人が戻ってきた。
「いやーお待たせして申し訳ない。こっちも意見がまとまったよ。日向さんの参加、歓迎するぜ」
「ひどいことにならなきゃいいけどね」
軽い調子で言う宮前とぶっきらぼうな言い方の天野。
何はどうあれ真希のことを受け入れてくれたことがうれしい。
「ありがとう、みんな」僕は自然と頭を下げた。
「おいおい、近衛らしくないぞ、ほら。たのしい街ブラロケなんだから、気を取り直していこうぜ!」宮前の明るい音頭にそれぞれ同意を返しつつ、4人は教室を後にした。
待ち合わせの校門まで4人で固まって歩く。「でも、街に出るといってもどこに行くの?」と天野が聞く。
「んーヒメさんの街案内も兼ねてるから、とりあえずは身近な商店街かな?」宮前が姫里に視線を送る。
コクリと姫里が頷く。
「よし! 時間ある限り、しらみつぶしでいっちゃおう! みんな今日は日が沈むまで帰れると思うなよ!」
「おー!」「はい!」「わかった」三者三様の返事をする。
そうこうしているうちに、校門が見えてくる。
校門をすぎる生徒たちの中で、校門に背を預けてひとり真希は待っていた。
腕を組み、右足で一定のリズムを数えている。
近づくにつれ、その表情も奥歯をかみしめていると確認できた。
「ひゃーおっかねぇ」宮前が誰ともなくつぶやく。
その呟きが聞こえたわけではないだろうが、真希がこちらに気づく。
こちらのメンバーを見て、鋭い目をさらにつりあがらせる。けれど決して歩み寄りはせず、校門に立ち続けた。
僕らが校門にたどり着く。「すまない。待ったか?」
「待った。10分も…でもそれより―――」真希は組んでいた腕を解き、僕の後ろを指さす。「なんであんたがここにいんのよ」と天野に対して聞いた。
言われた天野も負けじと前に出てきて「アナタだってどうして来てるのよ」と言い返す。
宮前が間に入る。「まあまあ、2人とも落ち着いて。まったりいこうじゃないのさ」
「もう、じゃまね」真希は宮前越しに僕を見る。「ちょっと信一! 話が違うじゃない! この生意気な女がくるなんて聞いてない」
「なにが生意気よ、あんたの方が好き勝手して、このわがまま女!」
「なんですって、この―――」
そこから宮前を挟んで、聞くに堪えない口喧嘩が始まる。
宮前が助けを求めてこちらを見てくる。今にも泣きだしそうだ。
どう助けたものかと考えていると、姫里が真希に歩み寄った。
「あの…すみません」
「―――だからあんたは…って何?」
「初めまして、私は姫里舞と申します。一度お見掛けしたことはあるのですか、機会を逃してしまい、今になってのご挨拶となってしまいました。申し訳ありません」場違いにも思える突然の自己紹介を伝えた。
「えっ…ああ、どうも、初めまして。姫里さんよね、話は信一からよく聞いてる。わたしは日向真希。呼び方はなんでもいいから」
「はい! では日向さんと呼ばせていただきますね! 私のことも好きに呼んでください! これからよろしくお願いします!」姫里は真希に両手を差し出す。
「え…ええ。よろしく」真希も右手をだして握り返した。
ぎゅっと二人は握手を交わす。
姫里は真希の右手を左手で握ったまま「それじゃ、行きましょう!」と言って歩き出した。
「えっ、うそっ、まってよ!」戸惑いながら姫里に引きずられる真希。
僕は姫里の行動力に驚いていた。
グングンと二人の背中が遠ざかる。
その光景をしばらく僕たちは見守った。
「あー、俺らも、行くか?」宮前が前の2人を指さしながら言う。
「う、うん」「ああ」
そうして僕らも歩き出した。
彼女の視点
まだ、心臓がどきどきしています。
私は物心ついたころから、他人とかかわることを制限されていて、東京では姫里家の名前で自然と避けられていましたから、あのようないさかいを見るのは初めてだったのです。
ですが険しいお2人のお顔から、きっとそのままでは良くないのだろうという思いがして、勇気を出して話しかけてみました。
結果は上々だったのではないでしょうか、見事私たちは先ほどの空気を忘れ、歩いています。
ただ、問題が2つ。1つは思い付きで握った日向さんの右手です。人の手を握って歩いた経験など家族以外にありません。
このまま握っていても良いのでしょうか。そんなことを考えると手のひらが汗ばんでいるような気がしてなりません。
けれど、やわらかい日向さん手のひらから伝わる暖かさは、まさにひなたのようなポカポカしたものでとても気持ちの良いものです。
大きな問題はもう一つの方。それは―――
「姫里さん」横から日向さんから急に話し掛けられて私はびっくりしました。
「はい! どうされたんですか?」
「もう喧嘩しないから。手、放しても大丈夫よ」
「えっ、でも」ちらりとつないだ手を見ます。「離さなきゃ、だめですか?」この暖かさをできればもう少し感じていたいのです。
「えっ、いや。姫里さんが嫌じゃなければ別にいいのだけど―――」と日向さんは左手の人差し指で頬をかきます。「それより、これ。どこに向かってるの?」
最大の問題を指摘されました。
私はいまだにこの白縄(しらなわ)町の地理を把握していないのです。しかし日向さんの手をひき、一番に歩き始めてしまった手前、道がわかりませんと言い出せずにいたのです。
「…実は私もわからなくて、目的地は商店街なのですが…」
それを聞くと日向さんは「まったくもう。なによそれ」と言ってため息を1つつき「次の角を左よ」と教えてくださいました。
思わぬ助け舟が来ました。
「ありがとうございます!」
「このままじゃ、日が暮れても着きそうにないから。でもそうねぇ…案内のお代に、姫里さんのこと、教えて?」問題が解決するなら、悩むまでもない交換条件です。
「わかりました!なんでも聞いてください」
「んー…姫里さんって、なんでこっちに越してきたの?」
日向さんの瞳から、それがただの興味本位ではないことは伝わったのですが。
「なんで、ですか…」思わず私は言葉で困惑を示してしまいました。
「もちろん、答えられる範囲で構わないのよ」日向さんがさっと身を引こうとします。
正直葛藤しました。
口に出しては、また繰り返す気がして。
けれど、この手を、この温かさを離したくないと思ったのです。
わたしは日向さんの手を握りなおして「逃げてきたんです」と答えました。
「にげる?」
「私はずっと独りぼっちだったんです。お友達がいなかったのです。もちろん様々な原因があったのでしょうが、結局、自分の殻を破る勇気が出せなかったんです。だから、場所を変えれば何かが変わるんじゃないかと思って、ここに来たんです」
「なるほどね…あっそこ左ね」日向さんは左を指さします。
「わかりました」私は言われるままに左に曲がります。
「で、どう? 何か変わった?」
「それはもう! 以前の私からすれば、こうして日向さんとお話することも、皆さんと買い物に出かけることも、想像することしかできませんでしたから!」私は自分の顔が熱くなるのを感じました。「近衛さんや天野さん、宮前さん…皆さんが私を変えてくれたおかげで、今が楽しいんです!」
そう。今までの私なら、今朝のように近衛さんのことを疑問に思うことさえなかったのでしょう。
「それはよかったわね。でもあなたを変えたのは信一達じゃないわよ」日向さんが私を見ながらそう言われました。
「どういうことですか?」
「ここを右に曲がるわよ」
「あっはい」私を見ていたのではなく曲がる先を見ていたのかもしれません。
「あなたは、変わりたいと思って、自分の意志でここに来たんでしょ。あなたから見ればそれは逃げだったかもしれないけれど、わたしからすれば尊敬すべき行動だったと思うわ」そう言って日向さんは今度は間違いなく私の目を見てくれました。「あなたを変えたのはあなた自身よ、よく頑張ったわね」
ふわっと、私はその言葉に柔らかな風を感じました。
今まで私の周りに漂っていた薄もやを一瞬のうちに流してくれたような、そんな気がしました。
口に少しの塩味を感じます。知らぬ間に、こぼれた涙が口に入ったようです。
日向さんは左手を添えてするりと右手を引き抜くと私の前に立ち、両手で流れる涙とその筋をぬぐってくださいました。
「さあ、ついたわよ」そして少し前に歩み出て、再び私に右手を差し出してくれました。「ようこそ、白縄商店街へ」
その言葉にふさわしい返事が思い浮かびません。けれどその手と、すぐにでもつながりたくて。
「ええ」と短く伝えて左手でその手を取りました。
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