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Non step.
冷えすぎた何処かのトナカイは、原住民の仲間だったらしい。紫色がかった粒に惹かれて、タンバリンを肩にぶら下げて、雪の降る国を知らない。裏切りの果てに燃え上がる愛のカタチはどんなんでも、誰も教えちゃくれないし。自由に飛べる羽もない。
姉はまるで真冬に咲くハイビスカスで、オレと違って枯れていく気がしなかった。だから、境先生が貰ってくれると聞いた時、ものっ凄い安堵感を覚えた。
自分という重しを取り除いてあげられたし、自身も肩の荷が軽くなったような気がした。チョコレート、キャラメル、そんなもんはもう要らない。だってオレは元々、甘やかされすぎたから。
その時、竜巻が起こって。それは、あまりにも自由で。オレはあの中に入りたいって、飛び込んでみた。カラフルな景色が目の前を周り、どこに飛んでいくのか知らない。だが、そんなことは大したことじゃないと、オレは思った。そう思っていたのは、この世で自分只一人だけだったんだ。
目が覚めると、シルクのような真っ白な天井があった。オレは白いペンキでホワイトと書かれていないか探してみたが、真っ白すぎるソイツは何も表現しちゃくれなかった。
ネットの沼に沈んでいくアイツの車が、こんな風に真っ白だったって事をいつまでも覚えている。歯医者と敗者と廃車は、オレの世界ではいつでも真っ白だ。サンドイッチにトマトは入れないが、パンの耳は切らないで結構それが最強。
「……ダイちゃん?」
声と共に姉の顔が視界に入った。いつもなら落ち行く星のメロディみたいなのに、闇が人を埋め尽くすような声色だった。
そこで宇宙船を見るように起き上がり、夜が太陽を飲み込むように辺りを見回す。清潔な部屋、白い天井、白いカーテン。膝には泣き崩れる梨海が居て、パイプ椅子には義兄が背広で腕を組んで座っていた。
「稲瀬、自分の名前は分かるか?」
義兄に謎の質問を投げかけられた。ふざけている声色ではないので、オレも真剣に返事をする。
「稲瀬大地。英語で言うと、ライス……なんたらランド」
「英語で言う必要はないが、そこに居る女性の名前は?」
オレは膝で声を殺して無く姉を見て、掌からこぼれた月明かりのように思えて胸が痛んだ。
「……稲瀬梨海、オレのねーちゃんです」
「どうやら、脳は平気そうだな……」
義兄は大きなため息を吐いてから、立ち上がる。大げな仕草は安物のダイヤモンドのように思えた。囁いた大気圏の少し上に青いバラが咲いたのを示すようかのように、彼はオレに向けて指をさした。
「お前、今日からウチに住め」
スコールが降り止んで、鳥たちがまた飛んだかのような気分だった。ついたり消えたりの気分屋の川に、流れる泥水は海まで行けるのだろうか聞かれたみたいだ。どうしたらいいとか、そんな言葉で死にたくはない。
「……でも」
あんたの妹的にはどうなんたって言いかけたが、義兄は言葉を冬の星のように遮った。
「りみさんを泣かせたお前に、拒否権なぞ無い」
悲しいから姉は泣いた。そんなことくらい分かっている。義兄はかなり怒っていて、姉は静かに悲しんでいる。月から抜け出す透明な温度だけ、それだけ欲しいと思った。
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