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話しかけないで、電話しないでおくれ、笑い掛けないでくれ。
普通だよって言ってくれ、毎日でも言ってくれ。オレは普通に眠って、普通に歩いて、普通に日々を生きているだけなのだ。髪を切りたくなる。舌の下が痺れてる。飛び散るこの声を、同じクラスのあの子に笑って聞かせたい。
あの子の声が響く、妹の名前は「そら」と言った。オレは大地で、姉が海だから面白いねって笑った。彼女の名前は神奈なんだ。それでも明日は、シンデレラになる。紙を切りたくなる。舌の上が痺れている。それでも明日は、シンデレラになる。
「ダイちゃん!」
耳に入った星のメロディで、目が覚める。目の前には姉の心配そうな顔があったので、川の向こうで揺れる煙のような気分になった。
「……うなされてたみたいだけど」
オレは首を振った。うなされていた事を否定したのではなく、姉に心配される自分を拒んだ。
「お昼作ったの。食べれる?」
再び首を左右に振った。姉が泣きそうな顔になったので、それは嘘だと声に出して言った。その途端に腹が鳴ったので、梨海の表情にベージュの花が咲き誇る。
一階に降りて、リビングに腰掛ける。梨海が用意してくれたのが雑炊だったのを見て、オレは心から安堵した。今のオレの精神状態じゃ、カレーみたいな重たい代物は口に出来ない。
姉が正面に座ったので、いただきますをした。雑炊は卵が半熟だが、ふわふわで優しさが伝わってくるようだった。季節は春だが、冬の景色が浮かんでくるようだった。
よく見ると、梨海が口にしているのはクリームのついたパンケーキだった。相変わらずの甘党は結婚しても健在で、姉のその甘ったるい世界はオレも嫌いではなかった。
こんがらがった気持ちは犬も食わないので、オレは気分を変えることにした。食後に散歩に出ると言うと、梨海も着いていくと言った。長沼や矢口からすると、どうやら姉はブラコンらしい。
それでも恋人に振られた時、ずっとそばに居てくれたんだから、ブラコンには感謝しないといけない。小さく引っ掻いて残していった子は、今では笑っていた。限りなく、いつまでも続くと思っていた。忘れてしまいたいと思っているが、爪痕は消えない。あの時そっと抱きしめていたら、あの子は今でもオレの隣に居たのかもしれない。
風になれたのならば、そのまま旅したい。当てなんかなくて、地平線の向こうまで行く。この地球一つくらい、何周でもしてやろう。疲れたら止まって、コーラでも飲んで、誰かの誕生日を祝う。ボン・アニバーサリー、どこぞの誰かさんや。
ここには居たくないから、まっさらな場所にでも連れてってもらいたい気分だった。だがきっと、姉が連れていくのはコンビニで。甘いものを買って、ここに戻ってくるのは目に見えていた。
雑炊を食べ終えてしまうと、再び睡魔が襲ってきた。お腹が膨れたお陰って梨海は言ったが、どちらかと言えば腹が暖かくなったような感じがした。真冬に咲くハイビスカスは姉に良く似ているのは、枯れていく気がしないからだ。
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