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あかの章 朱里
私には、顔が同じ父親が二人いる。
正しくは顔は似ているだけで同じではない。実の父もひとりだけだ。
でも幼い頃は「同じ顔のお父さんが二人いる」と思っていた。わりと真面目に。
ようは勘違いなのだけれど、それをそのままクラスの友だちに話してしまった。翌日にはクラス中の噂となり、さらに次の日には保護者に伝わり、3日後には先生に職員室に呼び出された。
「えーっとね、芹沢さんが複雑な環境で、頑張って暮らしてるのはよく理解してます。でもね、それをそのままクラスの子に話すと誤解されると思うの。『親戚の家で暮らしてる』で、いいのではなくて?」
「親戚の家じゃなくて、おじさんの家で、お父さんの家でもあります」
「うん、そうなんだけどね」
先生は冷や汗を垂らしながら、私に説明をする。先生が何を言いたいのかわからない。
「ねぇ、おじさん。『複雑な家庭環境』ってなに?」
おじさんが整った顔立ちをわずかに歪ませ、複雑そうに微笑んだ。
「先生から電話あったよ。事情は聞いた。朱里は間違ってないよ」
おじさんの言葉が、私の大きな力になった。
優しくて料理が上手で、おまけに知的でカッコいいおじさんとの生活は満ち足りていて、私の生活は何ひとつ不満はないからだ。
得意気になった私は、授業参観の作文のテーマが『家族』だったことをいいことに、題名を「わたしとおじさん」にした。この日はおじさんも観に来てくれることになっている。
皆の前で、おじさんとの生活がどれだけ幸せかを、先生やクラスの子に教えてあげたかった。今思えば、子供らしい自慢をしたかっただけなのだけど、この時の私は妙な使命感に燃えていた。
「わたしとおじさん。わたしの本当のお父さんは海の向こうにいて、あまり会ったことがありません。わたしはお父さんの双子の兄である、おじさんと一緒に暮らしています。おじさんは優しくて、料理上手で、おじさんとの毎日はとても楽しいです。わたしは、幸せです」
いかにわたしが幸せかをみんなに聞かせたかった。羨望の眼差しで見てくれるものと信じて疑わなかったわたしは、作文を読み終え、得意満面にクラスを見渡した。
しかし。クラスの子たちはどう反応していいのかわからないといった様子で固まっている。授業参観に来た保護者たちは、親同士でひそひそと話し合うだけで羨望の眼差しなんて、ひとかけらもない。若い担任の先生は、ざわつく教室をおろおろと見つめるばかりだった。
あれ? わたし、何かまちがえた?
急に不安になったわたしは、おじさんを探した。おじさんなら、きっと助けてくれる。そう思ったとき、震える私の肩を、大きくて温かな手が包みこんだ。おじさんだ!
顔をあげると、おじさんはわたしの後ろに立っていた。「もう、大丈夫」と言わんばかりに、わたしの頭を優しく撫でる。
「先生、保護者の皆様。少しだけお時間をいただいてよろしいでしょうか?」
おじさんがにっこりと先生と保護者のお母さんたちに微笑んだ。周囲のお父さんたちより一回り若く、まだ青年といっていい当時のおじさんは、子供から見ても美形で、スタイルが良くて、かなり格好良かった。おまけに今日は粋なスーツで、びしっとキメている。
「芹沢朱里の叔父、芹沢青葉です。朱里の父は、私の双子の弟です。弟は海外を飛び回る仕事をしております。子供を連れ歩くには危険を伴いますので、弟に代わり私が朱里を養育しています。朱里と私、ふたりでささやかに暮らしておりますので、ご理解いただけますと幸いです。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げ、顔をあげた瞬間、またにっこりと微笑む。
おじさんの微笑は人の心をがしっとつかんで、離さない力がある。わたしはその効力を間近で見てきたから知っている。それはたぶん、おじさんの経験から取得した技なんだと思うけど、それを最大に発動させる時が来たのだ。
かくして、先生やクラスの子たち、そして保護者たちを納得させることに成功したおじさんは、優しくわたしの頭を撫で、「よかったな、朱里」と微笑む。
おじさんはやっぱりカッコいい。見てよ、これがわたしのおじさんだよ? イケメンでしょ? 鼻息荒く、周囲を見渡す。
クラスの女子たちが羨望の眼差しでわたしを見つめている。
おじさんの手助けでまんまと皆の憧れを手にしたわたしは、「おじさん大好き」がさらに加熱することになったのだった。
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