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隣の席の少年
どうにか遅刻せずに学校に到着した私だったが、授業に集中できなかった。
私とおじさんが暮らす今の家は、おじさんとあの父親が共に育ってきた家だと聞いている。ということは、父にとっても勝手知ったる我が家ということになる。
私とおじさんが暮らす家を、突如現れた父親が荒らしているのだろうか。おじさんはシャワーを浴びなさいっていったから、バスルームにも行ってるはず。私のお気に入りのタオルやシャンプー、勝手に使ってない? おじさんが使うならいいけど、あの父親が私に無断で使うと思うと、何だかぞっとした。
「なんで、今頃になって現れたんだろう?」
授業中だということを忘れ、ぽつりと呟いた。
いきなり「お父さんだ」っていわれても、正直言って困る。私が小学生ぐらいだったら喜んだかもしれないけど、私はもう高校生だ。「お父さん!」って父親に飛びつく年齢ではない。
「……ざわ、芹沢、芹沢朱里、次のページを読みなさい」
「んぁ? あ、は、はい!」
突然名前を呼ばれ、授業中だったことを思い出した私は、素っ頓狂な声をあげた。クラス中がどっと沸き、その中心にいるのは自分だと思うと顔から火が出そうだった。
「芹沢、考え事は授業が終わってからにしなさい」
「はい、すみません」
「では次のページから読しなさい」
「え、えと……」
慌てて教科書をめくるが、どこだか全くわからない。どうしよう?
「49ページ」
困り果てた私に、救いの声が聞こえた。救いの声の主は、隣の席の佐々木海斗だった。良かった、助かった!
教えられたページを読み、どうにか窮地を切り抜けたのだった。
「ありがとう。助けてくれて」
授業が終わると、真っ先に佐々木海斗にお礼を伝えた。ちろりと私をみると、「ん」とだけ答え、そっぽを向いてしまった。なんとも不愛想な対応。
佐々木海斗は他の男子とバカ騒ぎすることは少なく、どちらかというと寡黙な少年という印象だ。噂では他校に双子の兄弟がいると聞いたけど、本当なんだろうか? おじさんと父のこともあり、話を聞いてみたい気がした。でも同じクラスとはいえ、親しくもない人間から突然兄弟のことを聞かれたら嫌かもしれない。おじさんも学生時代、双子であることをいろいろ言われたって話してたし。
話しかけていいものかどうか、一人思案する私を不審に思ったのか、佐々木海斗がちろりと見た。
「何……? なんか用があんの?」
「えっとね。用ってわけではないんだけど」
「だから何?」
「あのね、佐々木君って兄弟がいるんだよね? 双子の兄弟」
瞬間、ぎろりと睨まれてしまった。やっぱり話題にされたくないんだ。
「ご、ごめんね。いきなり聞いて。私の父親が双子でさ、ずっと前に私のこと捨てたのに、今朝いきなり来たものだから、誰かに話を聞いてほしいなって」
やだ、何言ってるの私。こんな家庭の事情まで話さなくてもいいのに。つい余計なことまで口にしてしまうのは、私の悪い癖だ。
「ごめん! 今の忘れて。何言ってるだろうね、あははは……」
唖然とした表情で、佐々木海斗が私を見ている。笑ってごまかしたつもりが、墓穴を掘ったようだ。うう、また顔から火が出そうだ。
「本当にごめん。もう行くね」
自己嫌悪に陥りながら、お手洗いで顔でも洗ってこようと思った。
「待てよ」
佐々木海斗が立ち去ろうとする私を呼び止めた。
「話、聞いてやってもいいぞ。相談に乗れるかどうかはわからんけど、双子としてなら、少しぐらいわかることもあるかもしれない」
「え……」
意外にも、佐々木海斗は私の話に興味をもったようだった。
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