隣の席の少年

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「ふーん。おじさんと平和に暮らしていたところに、突如来襲した実の父親か」 「……モンスター来襲! みたいに言わないでくれる? ゲームじゃないんだから」 「すまん。ちょっと言葉は悪いけど、そんな気分だろ?」  あながち間違っていないかもしれない。なんだか悔しいけど。  昼休み、私は佐々木海斗と校舎屋上に来ていた。ゆっくり話を聞きたいからと、一緒にお弁当を食べることになったのだ。男の子と一緒にお弁当を食べるだなんて、幼稚園の時以来かもしれない。なんだか緊張しちゃうな……と思ったのに、佐々木海斗ときたら、飄々とした態度で昼食のパンをぱくついている。こいつ、私を女と思ってないな。でもこれなら気楽に話せるかもね。  おじさんお手製の絶品弁当を食べながら、これまでの私の生い立ちを簡潔に話した。  実の父親とは幼い頃に別れたこと、それから父の双子の兄である、おじさんと幸せに暮らしてきたのに、今になって父親が現れたこと。  うんうんと真面目に聞いてくれていると思ったら、「父親の来襲」だなんていうものだから、なんだか気が抜けてしまった。   「佐々木君、見かけによらず頭が良いんだね。意外と的を得ているもん」 「おまえも結構言葉に棘があるな。まぁ、お互い様か」 「家庭の事情をぺらぺら話しちゃったからね。今更気を使っても仕方ない」 「少しは遠慮しろよ。おまえ、女だろ?」 「家庭の事情に男も女もあるの? 話を聞いてやるっていったの、あんたでしょ」 「おまえが泣きそうな顔してたからだろ」 「誰が泣きそうよ。そもそも『おまえ』って呼ぶの止めてよ。芹沢朱里って立派な名前があるんだから」 「オレも『あんた』って名前じゃないぞ」 「じゃあ、海斗。佐々木君より呼びやすいから」 「か、勝手に呼び捨てにすんじゃねぇ!」 「え、ダメなの?」  驚いて海斗の顔を見たら、頬が赤く染まっている。  え、なんでここで顔が赤くなるの?  海斗って意外と純情? 「ふーん。さては女の子に『海斗』って呼ばれたことないな? ねぇ、海斗?」  佐々木海斗の顔が、みるみる赤くなっていく。あらら、顔に全部出てるよ。 「おまっ、わかってて言ってるな!」 「あ~、やっぱりそうだ。真っ赤になって可愛い~」 「おまえだって男慣れしてねぇだろ!」 「失礼な! 男慣れしてるよ、イケメンなおじさんと暮らしてるし。  でも彼氏いない歴16年だから、同世代には慣れてないか」 「……アホだな。なんでそこで正直に話すんだよ。少しは見栄を張れよ」 「あ、本当だ……」  顔を見合わせた途端、私と海斗は大笑いした。笑い声が空に溶けてゆき、心はすっと晴れていく気がした。  食べ終えた弁当箱を包みにしまうと、立ち上がった。そろそろお昼休みも終わる時間だ。 「笑ったらスッキリした。ありがとう、話を聞いてくれて」  海斗も立ち上がり、パンくずを払い落とす。 「別に何もしてないし。家に帰ったら、その実の父親がいるんだろ? 大丈夫か?」 「ん、たぶんね。おじさんと違って能天気そうだし、刺激しないようにしなければ大丈夫でしょ。『出てけ!』っていうのも酷だしさ」 「そうか。なんかあったらまた話せよ。聞いてやるし、相談にものってやるよ、あ、朱里」 「海斗が私を朱里って呼んだ」 「い、いいだろ。おまえだってオレを海斗って呼ぶんだから」 「別にいいけど、どもってないで、ちゃんと呼んで。はい、もう一度」  海斗の顔を下から覗き込んだ。へぇ、思ったよりも背丈あるんだ。その途端、みるみる海斗の顔が赤くなっていく。 「あ、か、り! これでいいか。下から覗き込むんじゃねぇよ!」 「そんなに怒らなくてもいいのに」 「怒ってないけど、おまえがあんまり……」 「あんまり?」  海斗の次の言葉を待った。でも顔をますます赤くして、ごにょごにょ呟いているだけだった。 「と、とにかく! 話はまた聞いてやるから、また明日な!」 「ありがとう。また聞いてくれるんだね」 「じゃあな!」  海斗は慌てたように走り去っていった。 「また明日な、って午後も授業あるし、隣の席なんだけど。変なヤツ。でも話を聞いてもらえてよかったかも。おかげで気持ちが落ち着いたしね。さて、私も教室に戻りますか」  お弁当箱を大事に抱えると、私は教室へ向かって歩いていった。
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