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「朱里! 大丈夫か?」
玄関の扉を開けると同時に、大好きな声が飛び込んできた。柔らかくて、上品な声。玄関で硬直する私を、そっと抱きしめてくれた。
ああ、おじさんだ。おじさんが来てくれた!
「おじさん!」
私は無我夢中でおじさんの胸に飛び込んだ。小さな子どもみたいで情けないってわかっているけど、止められなかった。
おじさんは私の頭を優しく撫で続ける。その手は大きく、温かい。ああ、この温もりに何度救われてきただろう。おじさんの優しい温もりが、ずっと心の支えだった。
「水樹、おまえ朱里に何をしたんだ?」
私の頭を撫でながら、おじさんが問う。
「何も。ただ『会いたかった』って言っただけ」
「じゃあ何で朱里はこんなふうになってるんだ?」
「わからない。俺にわかるわけないだろ。残念ながらね」
おじさんが私の顔をそっと覗ぎこむ。
「朱里、何かあったのか?」
おじさんがそっと私の顔を覗き込む。優しい眼差しで、心配そうに私をみている。ああ、この目も昔から変わらない。いつだって私を見守ってくれてる。
「何もないよ、おじさん。少し混乱しちゃっただけ。ごめんね、驚かせて」
ようやく落ち着きを取り戻すことができたみたいだ。
「ならいいけど……本当に大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫」
「そうか、安心したよ」
よほど心配してくれたのか、ほっとした顔をしている。
おじさんに心配させちゃった。
「ずいぶんと朱里を甘やかしてるんだな、青葉。まるで小さな子どもみたいじゃないか」
無神経な声が響く。泣かされたぶん、(勝手に私が泣き出したけど)その言葉に妙に苛ついた。
「子供じゃないよ。私はもう高校生だよ」
「高校生なら、混乱したとしても、おじさんの胸に飛び込んだりしないよ」
う……。悔しいけど、その通りだった。おじさんの前だとつい甘えてしまう。
「水樹、朱里はまだ子どもだ。泣かすんじゃないよ」
おじさんにまで子ども扱いされた……。醜態晒した後だから仕方ないけど、我ながら情けない。これからはもう少し気をつけないと。私は高校生なんだから。
「朱里、おやつのプリンが冷蔵庫に入ってるから、手を洗ってきて食べなさい」
「プリン? おじさん手作りの?」
「かぼちゃのプリンだ。朱里、好きだろ?」
「うん、大好き!」
ぷっと失笑する父親の声で、我に返る。ああ、また子どもっぽいところを晒してしまった……。
「朱里は愛されてるんだな。だから素直な子に育ったんだ。俺には到底できそうにない」
父は寂しげな顔だった。なのに、顔は笑っているのだ。こんなに悲しそうに笑う人を、私はこれまで見たことがなかった。
「水樹、かぼちゃのプリン、一緒に食べるか? 多めに作ってあるから」
おじさんがさりげなく気遣っている。
「ありがたいけど、仕事の連絡があったから行くよ。今日はビジネスホテルに泊る。許されるなら、またここに来たいけど、来てもいいか?」
父は私を見ている。おじさんではなく、私に聞いているのだ。おじさんも私を見ている。私がちゃんと答えを出さないといけない。
「手土産にダーキンドーナッツ、買ってきてくれたらね」
それがせめてもの譲歩だった。子どもっぽいけど仕方ない。
「山ほど買ってくるよ。ありがとな、朱里」
優しそうに笑う父の顔は、おじさんによく似ていた。幼い私を捨てた人には、とても思えなかった。
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