お弁当タイム

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お弁当タイム

「で、昨日はどうだったわけ?」  パンを齧りながら、海斗がさらりと聞いてくる。 「ダメだった。撃沈だよ。おじさんに醜態を晒した」 「醜態って何したわけ?」 「泣いた。おじさんの胸でわんわんと。子供っぽくて嫌になるよ」 「ありゃりゃ」    翌日の昼休みも、海斗と一緒にお昼を食べることになった。目的は話を聞いてもらうためだけど、今日はあまり食欲がわかない。おじさんの特製お弁当を食べる気がしないなんて、私としては異常だ。 「大泣きしたのは、ちょっと恥ずかしいかもしれないけどさ。おじさんとしては嬉しかったんじゃない?」  お弁当を抱えたまま肩を落とす私を気遣ってか、海斗が声をかける。 「なんでよ? 泣かれて困るのはおじさんじゃない」 「わかってないなぁ、朱里は。娘のように可愛がってた姪っ子の前に、実の父親が現れたんだぜ? 父親のところに行っちゃうかもしれないって不安になるだろ。ところが姪っ子は実の父より、おじさんに素直に甘えたんだ。嬉しくないわけないだろ」 「じゃあ、おじさんは私が泣いて迷惑と思ってない?」 「たぶんな」 「『たぶん』じゃ困るよ。確信がほしい」 「あのな、オレは朱里のおじさんに会ったこともないんだぞ。状況から考えて推察しただけだ」  海斗の言う通り、おじさんはあの後も変わらず優しかった。ううん、いつも以上に優しかったぐらいだ。ということは、おじさんも不安だったのかもしれない。何年も会ってなかった弟が、突然現れたんだもの。 「海斗の言うことは正しいかもしれない。私も『たぶん』だけど」 「だろ? だったら弁当はちゃんと食べな。残して帰ったら、朱里の大好きなおじさんが心配するぞ」 「そっか。そうだね。うん、海斗の言うとおりだ」  お弁当の蓋を開け、箸を持つと「いただきます」の声と共に食べ始める。 「良かったら海斗も食べる? おじさんのお弁当美味しいよ」  話を聞いてくれたお礼におすそ分けしようと、海斗にお弁当を差し出した。ひょいと覗き込むと、卵焼きをひとつ取り出し、口に放り込んだ。 「あ、本当だ、美味いわ」 「でしょ? もっと食べていいよ」 「いや、もういい。あとは朱里が食べな。ちゃんと食べとかないと午後がもたないぞ」  どことなく子ども扱いされてる気がするけど、これが彼なりの優しさなんだろう。 「朱里はおじさんに大事に育てられてきたみたいだな」  残り一個になった卵焼きを大事に食べながら聞き返す。 「なんでわかるの?」 「わかるさ。おまえ、びっくりするぐらい素直だもん」 「なにそれ、バカにしてるの?」 「バカにしてるわけじゃないけどさ。なんかいいな、と思って」 「何がいいの?」 「だから、なんていうか。か、可愛いなって」 「やっぱ、バカにしてんじゃない」 「違うだろっ! あ~もう、本当におまえってガキだな! 少しは男の気持ちも理解しろよ」 「男って誰よ。おじさんのこと?」 「おまえの頭の中には、おじさんしかいないのかよ!?」 「そうよ、悪い?」 「うわ……開き直りやがった。こりゃ先が思いやられるな~」  海斗は髪をくしゃくしゃとかき回しながら、ぼやくように呟いた。 「ま、いいさ。ゆっくりいけばいいんじゃないの? 朱里は朱里のペースでさ。実の父親といきなり和解できるわけないしな」 「うん、そうだね。話聞いてくれてありがとう。また明日も一緒にお弁当食べようね」  話を聞いてもらった感謝の気持ちを伝えようと、私は精一杯の笑顔を浮かべて頭を下げた。顔を上げると、海斗の顔が赤くなっている。あれ、私何か失敗した? 「お、おぅ。また明日も話を聞いてやるよ」 「うん、ありがとう」 「じゃあ、オレ先に行くわ」  海斗はそう言うと、ロボットみたいなぎくしゃくした動きで去って行った。変なヤツ。でもいいヤツだ。話を聞いてくれるお礼に、今度何か奢ってあげようかな。  何を奢ってあげるか、あれこれ楽しく思い浮かべながら教室に戻っていった。
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