かすかな不安

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『桃子が入院!?』 『食欲がないし、顔色も悪くて……。出産まで入院していたほうがいいみたいなんだ』  まず、話を聞いてほしいと思ったのは青葉だった。過去のことを考えれば、青葉に相談すべきではないとわかっているのに。青葉ならきっと俺の気持ちを理解してくれると、救いを求めるように電話をしてしまった。 『そうか……。でも病院にいるなら安心だよ。桃子はきっと大丈夫だ』  自分自身に言い聞かせている言葉でも、信頼している人から言われると妙に安心してしまうのは何故(なぜ)だろう。自分の感覚が間違ってないと感じるからかもしれない。 『ありがとう、青葉。あまり心配しすぎないようにするよ』 『お見舞いに行ってもいいか?』 『桃子も喜ぶよ』  俺が青葉の言葉に安心したように、きっと桃子も青葉に会うと安心できると思う。俺と桃子にとって、青葉はそんな存在だ。身勝手な感覚と理解してはいるが、もっとも信頼できる存在であるところは昔から変わらない。  それから数日後、「青葉が病院に来てくれたのよ」と桃子が嬉しそうに話していた。その顔は明るく、やはり会わせて良かったと思った。 「ねぇ、水樹。お腹の赤ちゃんの名前、考えた?」 「名前……そういえば、あんまり考えてなかった」 「もう! お父さんになるのにしっかりしてよ。でも安心して。私が考えといたから」 「へぇ。なんて名前?」 「女の子なら、朱里(あかり)ってどうかな」 「朱里……桃子の娘だから?」 「そう。私と水樹と青葉、ちょうど色にちなんだ名前でしょ? だから(あか)い情熱をもった女の子になるように。そしてその『あかり』でみんなを明るく照らしてくれるように」 「うん、いい名前だ」 「でしょ」  桃子は手を合わせ、嬉しそうに笑っている。久しぶりに見た桃子の明るい笑顔だった。 「ねぇ、水樹。ひとつお願いがあるんだけど」 「なに?」 「もしも、もしもよ? 私が危ない状態になったら。私より、お腹の赤ちゃんの命を優先してほしいの」 「もしも、なんて考えるなよ。怖いだろ?」  「だからもしもの話だってば。一応考えておいたほうがいいと思うから。お願いね、水樹」  桃子は少し照れくさそうに、でも元気よく笑った。いつもの桃子の笑顔だ。桃子の明るい表情は、俺の希望の明かり。桃子が笑っていてくれる限り、きっと大丈夫だ。  病院で安静にしていなくてはいけないものの、桃子は比較的安定した状態で過ごしていた。食欲がないため点滴に常に繋がれているのが痛々しいが、それも出産までの辛抱だとお互いに言い聞かせた。 「ただいま」  桃子のいない暗い自宅アパートに帰るのも少しずつ慣れ始めたある夜のこと、疲れた体でうとうとしていると、突然一本の電話がかかってきた。 『すぐに病院にいらしてください』  それが悪夢の始まりだった。
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