我が終生を捧げる

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「皆様、おはようございます。今日もご苦労様です」  人当たりの好い笑みを浮かべて、神殿の入り口を潜る信者たちに挨拶をする。  現在の信者数は三十三人、最初の頃と比べると大分増えたほうだろう。これも我が主の御力ゆえだ。  三十三人目の信者が時間通りに中へ入ったことを確認し、自分も神殿内へ入る。最高信者として、命ある信者を把握することは義務だ。  正直、顔と名前は一致しているかどうか危ういが。 「此度のお告げをお伝えいたします」  そう信者たちに宣言すると、頭の中でハシュルツ様の御声が響く。 【栄えし都にて供を増やせ】 「……栄し都にて供を増やせ。我らが主は、ついに、中央都市にて同胞を迎えることをお決めになりました」  様々な種の感嘆の声が神殿内を埋め尽くす。 「ついに……!」 「ああ、我らが主の御力はそこまで!」 「同胞が増えればあのお方の御力は益々強大となる」  ハシュルツ様、この信者たちの声は届いておられますよね。僕ごときがそのお心を図ろうなど烏滸がましいこととは存じております。  しかし、しかし! あなた様は今きっと、お喜びになられているかと思います。もしそうでなくとも、このスラーシュは身を捧げるほどの喜びを今感じております。  その感情を今出すのは実にはしたないな。大丈夫だ、気持ちを偽るのはここ数年で慣れた。 「では皆様、それぞれ持てるもの全てを賭けて都へ参りましょう」  信者たちは散り散りに外へ飛び出して行く。いつもであれば紳士的に上品に退出するのだが、皆今回ばかりはそうもいかない。 ああ分かるとも。  しかし、発展していて人が多いというのはリスキーでもある。ハシュルツ様を邪神だの邪教だのほざく愚か者が多いのだ、そういう場には。そのせいで躍起になった一部信者が、目立ったことを起こす。それもまた愚かしい。 「まあ、前と同様に掃除すればいいのだけれど」  そう口にして、ハッと辺りを見渡す。最近心の中を吐露する機会が増えている気がする。いけないな。万が一ハシュルツ様の御耳に入れでもすれば、あのお優しい方でもきっと御慈悲は下さらない。最悪、生贄にもせず殺される。   それだけは絶対に避けなければいけない! 「それだけは……」 「スラーシュ」  身を縛り、心を捉える声が上から降り注いだ。慌てて頭上を見上げれば、そこには我が主がこの身を見下ろしていた。 「ハ、ハシュルツ様! 何故このような所へ」  ハシュルツ様は普段神殿にはおいでにならない。館の大広間で身を寛がせながら、我々に御言葉を投げる。しかし今日はどうだ。わざわざここまで御足をお運びになられて。まさか、何か粗相を犯してしまったのだろうか。 「今日から大きく変わる」  「は、はい。都市は人が多い分環境もこれまでと大きく変わるでしょう……しかし、我が主の御力ならば!」 「慢心は罪なり」  我が主の言葉は時折雷のような衝撃を与える。  なんて浅はかなんだ、我が主は都市ごときで留まるおつもりではない。分かっていた。この御方はこんな海で閉ざされた国で収まるような器ではない。  しかしそれは更に大いなる困難をもたらすとも言える。都市だけで慢心すれば絶対にいつか折れてしまう。  我が主は天眼の持ち主なのだろうか。いやそんなことは些事だ、どちらでもいい。ハシュルツ様に間違いなどないのだから。 「失礼いたしました。不肖ながら慎重に事を進めさせていただきます」  (こうべ)を垂れると、満足気に腕に当たる触手を人の形に変え、僕の頭を軽く小突いた。  しまった、この濡れた感覚、確実に出した。あの独特の匂いは伝わっていないだろうか。染みも目立ってないことを祈ろう。すぐに離れていってしまわれたから、問題ないとは思うが。 「ああ……また思考に呑まれた。僕も動かなければならないというのに」  急いで仕度をしなければ、うかうかしていては他の信者共に活躍の場を取られてしまう。  信者たちは、我が主に気に入られようと必死だ。あの手この手で自分という存在にハシュルツ様の御目を向けようとする。  無駄だというのに、僕がこの座を譲るわけがないだろう。だが時が経てば危険因子も出てくる。 「まあ、また摘めばいい話」  渡すものか。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!