我が終生を捧げる

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「何も難しいことはありません」 「ただ思い、願えばいいのです」 「さすれば我らが主は、必ずや我々を園へとお連れになられるでしょう」  正直に言ってしまえば、状況はあまり芳しくない。時折目線を送る者はチラホラ居れど、聞き入る者は片手のみでも事足りる。  ハシュルツ様を軽んじる奴など、こちらから願い下げだ。他の信者たちも似たような思いなのか、誰一人と怯まず口を動かし続ける。 【芳しくない】  抱えているハシュルツ様を模した像から脳へ、御声が届けられた。お優しい我が主でも、やはりこれは慈悲の範疇外なのだろうか。  ああしかし、なんたる失態だ! ハシュルツ様の御心を煩わせるなど! だが己が思ったことがハシュルツ様と全く同じだったということには、密かに高揚感を覚える。 【掲げよ】 「はっ……」  とにかく今は意のままに従おう。  手にしていた像を頭上より高く掲げる。ハシュルツ様の御目でより遠くを見渡せるよう、人々の天辺より高く上げる。  像の頭部にあたる部分から薄紫の光が発せられ、それがどんどん大衆に向かって広がっていく。 この光は僕だけが見えている。僕だけが目視化を許されている。最も、これを直視すれば常人は発狂するだろうが。 「スラーシュ様」 「どうしましたか」 「この方がお話をお聞きしたいと」  背後から少女が恐る恐る顔を出した。歳は、およそ15だろうか。  ハシュルツ様のオーラは信者と成り得る者を引き寄せる。 「話を聞きたいと言いましたが、我らが主の加護をお受けになったことが?」  この少女からは興味本位で立ち止まる輩とは、雰囲気が違っていた。  これは、渇望している者の目だ。 「私を、どうか貴方方の同胞にさせていただけませんか!」 「……ええ、我々は来る者を拒まず、去る者を追わずを掲げております。自ら歩み寄っていただけるならば、盛大に歓迎いたしましょう」    微笑んでやると喜色満面の笑みを浮かべ、目に涙を溜めた。この信仰心はハシュルツ様にとって大きな糧となるに違いない。  新しく入信したこの少女、話を詳しく聴くとどうやら過去ハシュルツ様にお助けいただいたそうだ。  家を強盗に襲われ、両親が凶刃の盾となり、いよいよだという時にハシュルツ様が触手を振るわれたという。  似ていると思った、僕と。  過去、身内を犠牲としお守りいただいたあの時ときっと同じだ。  心臓が一度だけ大きく脈打った。 「あの方にご恩をお返ししたいと、ずっと、ずっと祈っておりました。その願いがまさかこんな所で叶うなんて……」  少女は一人、息を巻いて喋っている。こいつは、とことん同じ目をしている。  心の根の方から、凍てつく音が体の中に響く。 「なので、皆さんと同じ徒になれたことが本当に嬉しいんです! ……あの?」 「あ、ああ! 失礼。……ええ、本当に我らが主はお優しい。貴女もどうかその身を主に捧げましょう」  変わらない、浮かべることに慣れた人の好い笑みを貼り付ける。嫌な感じがする。今まで感じたことのない危機感だ。  だがこれほどの信仰心を持つ者は、我々の中にも中々居ない。これを手放すのは惜しいな。  今回の布教はここまでだ。これ以上の活動はヤードにも目を付けられ、リスクが大幅に上がってしまう。  信者たちに撤収を伝えていると、ふと少女の名前を訊いていないことを思い出した。  「お名前をお訊きしても?」 「アリアと言います」 「私はスラーシュ。信者たちをまとめる者のような感じです」 厳かで  アリア、随分と厳かで大層な名前だな。貧相な体には似合わないものだ。まあいい、もし今を脅かそうものならいつも通りに調整すればいいさ。
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