最後の手紙。

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これはもう忘れてしまいそうになるほど遠い昔の話。 今、私は病室のベットの上。よくわからないチューブや機械によって身体をいいように生かされている。 今年で90歳になった老婆の昔話。 ー62年前ー ポストを確認するのは毎朝の日課になっていた。 若かった私にとってこの行為は面倒だったし、この6月は庭にカエルが棲みつき、はた迷惑な早朝のアラームを鳴らしている。 ゲコ、ゲコ、ゲコゲコ、ゲッ 別段リズムがあるわけでもなく不規則でより私の苛立ちを助長する。 ポストを開けたとき、今も覚えているが、部屋の中から夫の声が聞こえた。声にもならない叫び声、私が未だかつて聞いた事のないタイプの声質。 手紙を取らずに私は玄関に戻り、扉を開けた。 この家は私の母が買ってくれたもの。夫がお金を出すと言ったが、母が自分が出すんだと言って聞かなかった。 夫は私と幼馴染で、母もよく知っていた。 夫は幼少期に両親を交通事故で亡くしていて、それからは親戚の家で育てられていたけど、上手く馴染めなかったのか、私の家によく晩御飯を食べに来ていた。 母は自分の息子のように思っていたんじゃないかとも思う。 ちなみに私の父とは私が中学生の頃、母と離婚して以来会っていない。 だから母は実の息子の門出を祝うような気持ちで家を買ったんじゃないだろうか? 屋根は最初、真っ白だったんだけど、夫と二人で考えて青いペンキで塗った。ムラがあったけどそれはそれで味があって好きだった。 その家でその日、夫は誰かに殺されていた。 胸に刺さる包丁は、私のよく知る彼の温もりとは対極にあり、とても冷え切っていた。 言葉を失い、後ずさりする。 ゲコ、ゲコ、ゲコゲコ、ゲッ 夫が好きだった梔子の花が咲いている花壇の中からあの忌々しい声が聞こえる。 自分ではどうしようもない現実にあっけにとられて呆然とする私を嘲笑っているようだった。
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